若干の景気回復の兆しが見え始めてはいるものの、まだまだ日本経済は不況を脱してはいない。
不況とは国民経済の供給能力が需要を上回る状態を意味するので、不況から脱出する手段として、まず需要を大きくすること、それから供給力を削減することが考えられる。公共事業等の財政政策や、過剰設備の除却への支援措置などだ。しかしこういった政策は、まだまだ需給ギャップの解消に効果を表していないように見える。
この理由は、こうした従来型の政策が需要と供給能力を単に数量的に一致させようとするだけで、供給構造と需要構造の構造的、質的ミスマッチを解消するに至っていないことにある。この10年、需要構造には大きな変化が生じている。その変化を考慮した供給構造の改造が望まれているのだ。
今月なくなったソニーの創業者の盛田昭夫氏は、ウォークマンというまったく新しい商品を開発し、世界中に爆発的な需要を巻き起こした。いま現在もっとも待ち望まれているのは、こういった企画、新規事業に他ならない。
一般的にこのような新規商品とサービスはベンチャー企業によって提供されると考えられている。そこで、わが国においてベンチャー企業の育成ための具体的な仕組み作りが進んでいる。しかし、それにも拘わらず、わが国におけるベンチャー企業活動は、アメリカに比べて非常に見劣りする状態にとどまっている。全産業の開業率はついに廃業率を下回るまでに落ち込んだ。その背景には社会風土や文化の相違があるように思える。
19世紀のフランスの歴史家アレックス・トックビルは、不朽の名著といわれるその著書『アメリカの民主政治』のなかで「アメリカの強さは無数の零細企業にある」と喝破した。アメリカのベンチャー企業には、このように19世紀以来の長い伝統があるのだ。
それに対して、わが国ではむしろ、ベンチャー企業もさることながら大・中堅企業が絶え間なく自己革新と新規事業展開を行うことで、経済の供給構造を時代の変化に対応させてきた。その背後には組織体の維持(お家の存続)がもっとも大事とされた鎌倉時代からの御家人文化の伝統がある。トヨタ自動車の奥田会長が雇用の維持が出来ない経営者はまず自分の腹を切れと言い切って論議を呼んだが、この雇用確保の姿勢は組織体の維持への強い意志、それと裏腹の関係にあるトヨタならではの攻撃的なシェア拡大主義と合わせて初めて理解できるのだ。
当社では、七人の選抜メンバーからなる「戦略ビジネス発掘タスクフォース」が編成され、新規事業によるブレークスルーを目指して鋭意仕事を始めている。日本では、このような企業内の動きこそが企業を発展させ、さらには日本経済全体の活性化をもたらすと期待されるのである。
(橋本 尚幸)
1999年10月1日金曜日
1999年9月1日水曜日
高齢化する「団塊の世代」は日本を衰退させるか?
8月1日付のニューヨーク・タイムズは第一面に「21世紀の日本は、人口の減少と高齢化のため、国家としての活力と影響力を失って行くだろう」との内容の記事を載せた。まったく余計なお世話である。そんなことはないと思う。
日本の人口が減少に向かっているのは事実である。しかしこれ自体は決して悪いことではない。朝のラッシュ時の地下鉄に乗ってみるまでもなく、昔から日本では人が多すぎることが問題であった。『七人の侍』と『楢山節考』の映画を見てもわかる。だから人口減少は必ず生産性の上昇をもたらすので、人口減少に比例してGDPが減ることはありえない。
高齢化の進行にしても非生産人口の増加を必ずしも意味するものではない。健康医療、家事・介護ロボット、さらにアルツハイマー治療薬の開発がハイピッチで進んでいる。逆に子供の数が減るので教育、養育費の負担は軽くなる。「実質的な」生産人口比率は、いまとほとんど変わらない可能性が高いのである。
問題は、肉体的には元気でまだまだ働けるお年寄りにどう働いてもらうかである。定年延長が常識的な回答であろうが、中高年からは「まだ働かせるの、堪忍して欲しいな」との本音のつぶやきが聞こえることも事実である。先進諸国では高齢者の就業比率は急速に低下しつつあり従来型の定年延長はその流れに逆行するともいえる。別の高年者の有効活用法を考えねばならないのである。筆者の考えでは、ずばり、彼らには「本当の投資家」になってもらえばよいと思う。
日本の莫大な個人金融資産の大部分は60歳以上の高齢者に保有されている。彼らは非常に保守的であり、日本においては「リスクキャピタル」は遂に育たず、これが経済低迷の原因ともなった。
しかしいま高齢化しつつあるのは戦後生まれの「団塊の世代」である。いろいろ批判はされるが、ともかく戦後の民主教育のおかげで知識の平均レベルは高く好奇心も強い。1200兆円の個人金融資産も相続などを通じてやがては彼らのものとなる。その時こそ、日本に新しいタイプの投資家集団が出現する。麻雀、パチンコに明け暮れた世代だ、リスク・テイキングはお手のものだ。
現役を引退した「団塊の世代」は、日本の歴史上はじめて、生産者の利益ではなく消費者の利益を主張する政治的な層を形成することになる。前川レポート以来、指向されてきた日本経済の消費主導型経済への転換が、年老いた団塊世代の自己主張で一気に実現できるかも知れない。また国際金融市場でも彼らは「連合赤軍」的な投資行動で各国の金融当局者を戦々恐々とさせるかもしれない。
その数の多さ故に、戦後の日本社会を常に揺るがしてきた「団塊の世代」だが、われわれはまだまだ彼らから目を離すことができないように思う。
(橋本尚幸)
日本の人口が減少に向かっているのは事実である。しかしこれ自体は決して悪いことではない。朝のラッシュ時の地下鉄に乗ってみるまでもなく、昔から日本では人が多すぎることが問題であった。『七人の侍』と『楢山節考』の映画を見てもわかる。だから人口減少は必ず生産性の上昇をもたらすので、人口減少に比例してGDPが減ることはありえない。
高齢化の進行にしても非生産人口の増加を必ずしも意味するものではない。健康医療、家事・介護ロボット、さらにアルツハイマー治療薬の開発がハイピッチで進んでいる。逆に子供の数が減るので教育、養育費の負担は軽くなる。「実質的な」生産人口比率は、いまとほとんど変わらない可能性が高いのである。
問題は、肉体的には元気でまだまだ働けるお年寄りにどう働いてもらうかである。定年延長が常識的な回答であろうが、中高年からは「まだ働かせるの、堪忍して欲しいな」との本音のつぶやきが聞こえることも事実である。先進諸国では高齢者の就業比率は急速に低下しつつあり従来型の定年延長はその流れに逆行するともいえる。別の高年者の有効活用法を考えねばならないのである。筆者の考えでは、ずばり、彼らには「本当の投資家」になってもらえばよいと思う。
日本の莫大な個人金融資産の大部分は60歳以上の高齢者に保有されている。彼らは非常に保守的であり、日本においては「リスクキャピタル」は遂に育たず、これが経済低迷の原因ともなった。
しかしいま高齢化しつつあるのは戦後生まれの「団塊の世代」である。いろいろ批判はされるが、ともかく戦後の民主教育のおかげで知識の平均レベルは高く好奇心も強い。1200兆円の個人金融資産も相続などを通じてやがては彼らのものとなる。その時こそ、日本に新しいタイプの投資家集団が出現する。麻雀、パチンコに明け暮れた世代だ、リスク・テイキングはお手のものだ。
現役を引退した「団塊の世代」は、日本の歴史上はじめて、生産者の利益ではなく消費者の利益を主張する政治的な層を形成することになる。前川レポート以来、指向されてきた日本経済の消費主導型経済への転換が、年老いた団塊世代の自己主張で一気に実現できるかも知れない。また国際金融市場でも彼らは「連合赤軍」的な投資行動で各国の金融当局者を戦々恐々とさせるかもしれない。
その数の多さ故に、戦後の日本社会を常に揺るがしてきた「団塊の世代」だが、われわれはまだまだ彼らから目を離すことができないように思う。
(橋本尚幸)
1999年8月1日日曜日
「総合」商社は時代遅れであるか?
戦後、日本企業は一貫して多角化を進め、総合化の道を進んできたが、最近は自分の得意分野に経営資源を重点的に投入する傾向が顕著になっている。今や「選択と集中」というのが時代のキーワードだ。では何でも扱う「総合」商社も、もはや時代遅れであるのか? そうではないと思う。商社にとっては、その「総合力」こそが強みの源泉なのである。
まず商業と製造業との質的な相違がある。製造メーカーが製品を「製造する」のに対して商社は製品を「取り扱う」。製造業では「選択と集中」が競争力の強化につながるのが普通だが、商社の取扱商品の「選択と集中」は必ずしもそうではない。大根の販売に集中しても八百屋の経営が良くならないのと同じだ。
次に、一般企業の「選択と集中」が進み、企業の守備範囲が狭まれば狭まるほど、総合的なサービスへのニーズが高まることである。企業が専門性を高める一方で直面する問題は複雑化してきている。それが故に「オルガナイザー」、「ソリューション・プロバイダー」という総合商社の役割が一層重要になってくるのだ。
そもそもそれは商人の役割でもある。商人とは、船乗りシンドバッドの昔から、万国の世情、各地の物産に関する豊富な知識の持ち主であり、人々により有利な取引機会を提案するビジネス創造者であった。そのベースには知識と情報があった。三井物産の創設者で価値の高い美術品コレクションを残した益田孝の骨董品の鑑定眼は有名だが、その美術品の「違いがわかる」能力とは、商社マンの力そのものでもあったのだ。商社のコア・コンピタンスとは、やはりひとりひとりの商社マンの見識の広さにある。それは客先ニーズへの対応力の広さであり、すなわち「総合力」に他ならないのだ。
しかし問題がないわけではない。商社の規模がどんどん大きくなるにつれ、組織が細分化され、商社マンの専門性は深まってはいるが、逆に総合性が弱くなっているように思えることだ。ある特定の商品の知識しか持たない専門家はメーカーのセールスマンはつとまっても「商人」とは呼べない。商社マンひとりひとりの知識を、組織的に集積し、体系化し、全員で利用可能なものとすること、すなわち「ナレッジ・マネージメント」が喫緊の課題となっているように思う。
19世紀のイギリスでは、国策に基づきプラントハンターと呼ばれた植物専門家が世界中に派遣され植物収集を行った。集めた膨大な標本、データは、王立キュー植物園で体系化され、それが大英帝国発展パワーの源泉となった。プラントハンターは日本の商社マンのようだが、日本の商社には残念ながら王立キュー植物園に相当する体系化されたノウハウ蓄積システムがない。夏休みのシーズンでもある。植物採集でもしながら商社内キュー植物園の構築に思いをはすのは如何。
(1999年8月2日 橋本尚幸)
まず商業と製造業との質的な相違がある。製造メーカーが製品を「製造する」のに対して商社は製品を「取り扱う」。製造業では「選択と集中」が競争力の強化につながるのが普通だが、商社の取扱商品の「選択と集中」は必ずしもそうではない。大根の販売に集中しても八百屋の経営が良くならないのと同じだ。
次に、一般企業の「選択と集中」が進み、企業の守備範囲が狭まれば狭まるほど、総合的なサービスへのニーズが高まることである。企業が専門性を高める一方で直面する問題は複雑化してきている。それが故に「オルガナイザー」、「ソリューション・プロバイダー」という総合商社の役割が一層重要になってくるのだ。
そもそもそれは商人の役割でもある。商人とは、船乗りシンドバッドの昔から、万国の世情、各地の物産に関する豊富な知識の持ち主であり、人々により有利な取引機会を提案するビジネス創造者であった。そのベースには知識と情報があった。三井物産の創設者で価値の高い美術品コレクションを残した益田孝の骨董品の鑑定眼は有名だが、その美術品の「違いがわかる」能力とは、商社マンの力そのものでもあったのだ。商社のコア・コンピタンスとは、やはりひとりひとりの商社マンの見識の広さにある。それは客先ニーズへの対応力の広さであり、すなわち「総合力」に他ならないのだ。
しかし問題がないわけではない。商社の規模がどんどん大きくなるにつれ、組織が細分化され、商社マンの専門性は深まってはいるが、逆に総合性が弱くなっているように思えることだ。ある特定の商品の知識しか持たない専門家はメーカーのセールスマンはつとまっても「商人」とは呼べない。商社マンひとりひとりの知識を、組織的に集積し、体系化し、全員で利用可能なものとすること、すなわち「ナレッジ・マネージメント」が喫緊の課題となっているように思う。
19世紀のイギリスでは、国策に基づきプラントハンターと呼ばれた植物専門家が世界中に派遣され植物収集を行った。集めた膨大な標本、データは、王立キュー植物園で体系化され、それが大英帝国発展パワーの源泉となった。プラントハンターは日本の商社マンのようだが、日本の商社には残念ながら王立キュー植物園に相当する体系化されたノウハウ蓄積システムがない。夏休みのシーズンでもある。植物採集でもしながら商社内キュー植物園の構築に思いをはすのは如何。
(1999年8月2日 橋本尚幸)
1999年7月5日月曜日
サラリーマンは企業の「隠れ債務」であるか
トヨタ自動車の首脳が終身雇用制度を守るといったとして、格付け機関のムーディーズが、トヨタ自動車の格付けを最上級のAAAからAa1に一ランク格下げしたことは、まだ記憶に新しい。終身雇用制度を維持することは「簿外の債務(隠れ債務)」を発生させるからだという。はたしてわれわれサラリーマンは企業の「隠れ債務」なのか。
日本の終身雇用・年功序列賃金制度のもとでは、サラリーマンは中高年を過ぎると自分が提供する役務以上の報酬をもらうことになる。ムーディーズはこれを、給料の過大支払の約束、すなわち隠れた「債務」で見なしたものである。
それに対して、日本のサラリーマンは若い働き盛りの間、働きに応じた十分な報酬をもらっておらず、その「貸し」を中高年に入ってから取り返しているに過ぎないとの主張もある。これは、従業員は経営に対して「債権者」の資格で発言権を有する、というステークホルダー議論にもつながってくる。そうだとすると、中高年層をねらったリストラなぞは、サラリーマンへの過去の過小給料支払い分(会社としての「借り」)を踏み倒すことにほかならず、とんでもないことだということになる。
本当にそうなのか。結論を急ぐ前に、二つほど考えなければならないことがあるように思う。
一つは、この種の議論は一般に平均値での議論がなされるが、ひとりひとりの個別ケースとなると千差万別だということだ。自分は受け取っている給料より遙かに大きな役務を提供していると自負する人が大部分だと思うが、現実は必ずしもそうでもないケースがあることも、これまた事実なのである(モチロンアナタノコトデハナイ)。
もう一つは、企業と従業員の時間空間をまたがる貸し借り関係は、企業ばかりでなく、従業員をも拘束することから、企業活動と従業員の人生両方を停滞的なものとするということである。江戸時代の住友にも「末家制度」という制度があった。若いうちの給金を低くおさえるかわりに死ぬまで終身年金を払うというシステムであったが、世の中がゆっくりと動く江戸時代であるからこそ機能したもので、明治に入って変化の早い時代になると、この制度は捨てられることになる。
ということで、やはり、どの個人をとっても、またどの時点をとっても、常に「貸し借りなし」と認められる報酬システムが望ましいことになる。ついにトヨタ自動車も従来の年功賃金から能力主義への移行を発表することになった。
永井荷風は、「貸し」と「借り」が複雑に入り組んだ日本社会の仕組みがどうにも我慢がならず、貸しをつくらない、また借りもつくらないという「不施不受」の哲学を徹底して実践した人であった。これが近代個人主義の原点であると考えたからだ。平成の時代、荷風の生き方が非常に今日的であると見直されているが、われわれのお給料も「貸し借りなし」で決めたいものだ。
(1999年7月5日 橋本尚幸)
日本の終身雇用・年功序列賃金制度のもとでは、サラリーマンは中高年を過ぎると自分が提供する役務以上の報酬をもらうことになる。ムーディーズはこれを、給料の過大支払の約束、すなわち隠れた「債務」で見なしたものである。
それに対して、日本のサラリーマンは若い働き盛りの間、働きに応じた十分な報酬をもらっておらず、その「貸し」を中高年に入ってから取り返しているに過ぎないとの主張もある。これは、従業員は経営に対して「債権者」の資格で発言権を有する、というステークホルダー議論にもつながってくる。そうだとすると、中高年層をねらったリストラなぞは、サラリーマンへの過去の過小給料支払い分(会社としての「借り」)を踏み倒すことにほかならず、とんでもないことだということになる。
本当にそうなのか。結論を急ぐ前に、二つほど考えなければならないことがあるように思う。
一つは、この種の議論は一般に平均値での議論がなされるが、ひとりひとりの個別ケースとなると千差万別だということだ。自分は受け取っている給料より遙かに大きな役務を提供していると自負する人が大部分だと思うが、現実は必ずしもそうでもないケースがあることも、これまた事実なのである(モチロンアナタノコトデハナイ)。
もう一つは、企業と従業員の時間空間をまたがる貸し借り関係は、企業ばかりでなく、従業員をも拘束することから、企業活動と従業員の人生両方を停滞的なものとするということである。江戸時代の住友にも「末家制度」という制度があった。若いうちの給金を低くおさえるかわりに死ぬまで終身年金を払うというシステムであったが、世の中がゆっくりと動く江戸時代であるからこそ機能したもので、明治に入って変化の早い時代になると、この制度は捨てられることになる。
ということで、やはり、どの個人をとっても、またどの時点をとっても、常に「貸し借りなし」と認められる報酬システムが望ましいことになる。ついにトヨタ自動車も従来の年功賃金から能力主義への移行を発表することになった。
永井荷風は、「貸し」と「借り」が複雑に入り組んだ日本社会の仕組みがどうにも我慢がならず、貸しをつくらない、また借りもつくらないという「不施不受」の哲学を徹底して実践した人であった。これが近代個人主義の原点であると考えたからだ。平成の時代、荷風の生き方が非常に今日的であると見直されているが、われわれのお給料も「貸し借りなし」で決めたいものだ。
(1999年7月5日 橋本尚幸)
1999年6月7日月曜日
産業競争力と経済の二重構造
日本の産業競争力は、昨今いちじるしく低下したといわれている。スイスのローザンヌに本部を置く経営開発国際研究所(IMD)が毎年発表する「世界競争力報告」と題するリポートによれば、99年の日本の競争力は世界で16位とのことだ。もちろん1位は米国である。2位にシンガポールがくる。香港は7位、カナダですら10位と日本よりも前に付けている。「ランキングを改善するためにも、日本は国内経済の改革や、企業・金融部門のリストラを続けなければならない」という(ナンシー・レイン「日本、構造改革へ待ったなし」『日経新聞 経済教室』99年5月24日)。
同じ問題意識のもとに経団連は産業競争力会議に対して包括的な要望事項を提言している。過剰設備の廃棄、雇用対策、不動産流動化を3本柱とする幅広い官民一体の対策を講じて、衰えてきている日本産業の競争力を取り戻すことが喫緊の課題であるという。
でもちょっとわからないことがある。98年の日本の貿易収支は1000億ドルを優に超える大幅黒字だということだ。日本産業の国際競争力は惨めなほどに低下していると指摘されているにもかかわらず、輸出が続いている。競争力がなければそもそも輸出自体が成り立たないはず。これはどう理解すればよいのか。
ここでわれわれは古くて懐かしい「日本経済の二重構造問題」にたどり着くことになる。一部の限られた産業は抜群の競争力を有しているが、同時にすこぶる効率が悪く、コストの高い産業部門が、淘汰されないで牢固として存続しているということである。発展産業分野と衰退産業部門、製造業と非製造業、強い会社と弱い会社、大企業と中小企業、これらさまざまの二重構造は日本の経済ピクチャーに複雑な綾を織り込んでいる。購買力平価にも如実に日本経済の二重構造があらわれている。輸出物価で推計した購買力平価と消費者物価で推計した購買力平価では1ドルに対して優に5~60円の差が出るのだ。競争力がないのは決して「産業全体」ではなく「一部の産業部門」に過ぎない。
すでに60年代からこの二重構造の解消が叫ばれてきたが、現在に至るまで成果はなかった。70年代の石油危機では「みんな一緒に」頑張ったし、80年代の円高進行も「みんな一緒に」切り抜けた。そうこうするうちにバブルという神風に「みんな一緒に」救われた。いま未曾有の不況の中でまたしても「みんな一緒に」対策を考えている。
いまやらねばならないことは、比較劣位の部門を「再生」という名の下に救済し二重構造を温存することではなく、比較優位部門への生産要素の自然な移動を放任することではないのか。
ちなみに、この「みんな一緒に」という官民一体型の産業政策システムは、戦争遂行を目的として昭和の10年代につくられたものだ。それまではもっとシンプルで古典的な資本主義システムであった。
その古典的なシステムのもとで日本産業は大きく変化し発展した。それと比較すればいま必要とされている構造調整はさほど大きなものではない。明治・大正時代からの本来の「日本的」経済システムにもっと信頼を持ちたいものだ。
(1999年6月7日 橋本尚幸)
同じ問題意識のもとに経団連は産業競争力会議に対して包括的な要望事項を提言している。過剰設備の廃棄、雇用対策、不動産流動化を3本柱とする幅広い官民一体の対策を講じて、衰えてきている日本産業の競争力を取り戻すことが喫緊の課題であるという。
でもちょっとわからないことがある。98年の日本の貿易収支は1000億ドルを優に超える大幅黒字だということだ。日本産業の国際競争力は惨めなほどに低下していると指摘されているにもかかわらず、輸出が続いている。競争力がなければそもそも輸出自体が成り立たないはず。これはどう理解すればよいのか。
ここでわれわれは古くて懐かしい「日本経済の二重構造問題」にたどり着くことになる。一部の限られた産業は抜群の競争力を有しているが、同時にすこぶる効率が悪く、コストの高い産業部門が、淘汰されないで牢固として存続しているということである。発展産業分野と衰退産業部門、製造業と非製造業、強い会社と弱い会社、大企業と中小企業、これらさまざまの二重構造は日本の経済ピクチャーに複雑な綾を織り込んでいる。購買力平価にも如実に日本経済の二重構造があらわれている。輸出物価で推計した購買力平価と消費者物価で推計した購買力平価では1ドルに対して優に5~60円の差が出るのだ。競争力がないのは決して「産業全体」ではなく「一部の産業部門」に過ぎない。
すでに60年代からこの二重構造の解消が叫ばれてきたが、現在に至るまで成果はなかった。70年代の石油危機では「みんな一緒に」頑張ったし、80年代の円高進行も「みんな一緒に」切り抜けた。そうこうするうちにバブルという神風に「みんな一緒に」救われた。いま未曾有の不況の中でまたしても「みんな一緒に」対策を考えている。
いまやらねばならないことは、比較劣位の部門を「再生」という名の下に救済し二重構造を温存することではなく、比較優位部門への生産要素の自然な移動を放任することではないのか。
ちなみに、この「みんな一緒に」という官民一体型の産業政策システムは、戦争遂行を目的として昭和の10年代につくられたものだ。それまではもっとシンプルで古典的な資本主義システムであった。
その古典的なシステムのもとで日本産業は大きく変化し発展した。それと比較すればいま必要とされている構造調整はさほど大きなものではない。明治・大正時代からの本来の「日本的」経済システムにもっと信頼を持ちたいものだ。
(1999年6月7日 橋本尚幸)
1999年5月10日月曜日
「会社の大きさ」は何で測るか?
企業経営において、事業の成長力とか経常利益とか「質」の部分の評価に加え、事業の大きさという「量」の部分の評価も、企業の社会的な役割・存在感といったものにつながってくるわけで、依然として大切なファクターである。でも、事業の大きさはどうやって測るのか。異なる業種に属する二つの企業はどうやって比較するのか。単純に売上高で比較してよいのか。従業員数か。異業種間での事業の売買、交換が日常化する現代、この問題はより大切になってきているようにみえる。
そこで注目したいのが企業の粗付加価値額である。粗付加価値とは当該企業のオペレーションにより付加された価値の合計であり、売上高から売上原価及び経費を差し引いたものと思えばよい。具体的には税引後経常利益、純支払金利、人件費、賃借料、減価償却費、租税公課の合計となる。企業が多くのステークホルダーズ(株主、融資元、従業員、地主・家主、公共社会など)に対して分配する価値の合計といえる。すべての経済活動の粗付加価値を合計したものがGDPであるので、企業の粗付加価値とは、その企業のGDPへの貢献度とも云えるのである。
日本の全企業、産業について粗付加価値をひとつひとつ計算するのはなかなか骨が折れる仕事だが、さいわいに通産省でつくった「わが国企業の経営分析」という資料がとても便利である。この資料から、二三の発見をご紹介することにしたい。
日本の資本金10億円以上の大企業1659社が捻出する粗付加価値合計額は平成9年度で70兆円、GDP504兆円の14%を占める。このうち製造業は1060社で36兆円、非製造業が599社で34兆円の粗付加価値を産出する。一社あたりでは非製造業の方がはるかに大きく、日本のサービス産業の巨大化は予想以上に進んでいることがわかる。
具体的にみると、スーパーマーケット業29社の粗付加価値は合計で1兆9000億円となり、巨大装置産業である高炉製鉄業8社の粗付加価値1兆8000億円をしのぐ。道路運送業18社の粗付加価値は1兆8000億円で、医薬品製造業40社の合計と同じくらいだ。また電気通信サービス業はたったの2社で4兆2000億円の粗付加価値を産出し日本経済の牽引役である自動車関連製造業25社の粗付加価値4兆4000億円に肩を並べる。
ところで「21世紀型サービス産業」である総合商社はどうか。総合商社9社は年間約1兆円の粗付加価値を生み出している。規模として高炉製鉄業8社の半分強である。非鉄金属製造業33社、水運業18社、航空運輸業5社とほぼ同じくらい。出版・印刷業11社の1.5倍、工作機械30社の3倍である。
総合商社の売上高がきわめて大きい一方で利益の絶対額が小さい。そのため過去において、ある時は総合商社は実力以上に巨大な存在と見られ自信過剰になったり、ある時はその反動で必要以上に過小評価され自信喪失に陥ったように思う。でも粗付加価値でみれば、実態はそれほど巨大でもないし、またそれほど捨てたものでもない。身の丈に応じた社会貢献(粗付加価値の創出)を続けたいものだ。
(1999年5月10日 橋本尚幸)
そこで注目したいのが企業の粗付加価値額である。粗付加価値とは当該企業のオペレーションにより付加された価値の合計であり、売上高から売上原価及び経費を差し引いたものと思えばよい。具体的には税引後経常利益、純支払金利、人件費、賃借料、減価償却費、租税公課の合計となる。企業が多くのステークホルダーズ(株主、融資元、従業員、地主・家主、公共社会など)に対して分配する価値の合計といえる。すべての経済活動の粗付加価値を合計したものがGDPであるので、企業の粗付加価値とは、その企業のGDPへの貢献度とも云えるのである。
日本の全企業、産業について粗付加価値をひとつひとつ計算するのはなかなか骨が折れる仕事だが、さいわいに通産省でつくった「わが国企業の経営分析」という資料がとても便利である。この資料から、二三の発見をご紹介することにしたい。
日本の資本金10億円以上の大企業1659社が捻出する粗付加価値合計額は平成9年度で70兆円、GDP504兆円の14%を占める。このうち製造業は1060社で36兆円、非製造業が599社で34兆円の粗付加価値を産出する。一社あたりでは非製造業の方がはるかに大きく、日本のサービス産業の巨大化は予想以上に進んでいることがわかる。
具体的にみると、スーパーマーケット業29社の粗付加価値は合計で1兆9000億円となり、巨大装置産業である高炉製鉄業8社の粗付加価値1兆8000億円をしのぐ。道路運送業18社の粗付加価値は1兆8000億円で、医薬品製造業40社の合計と同じくらいだ。また電気通信サービス業はたったの2社で4兆2000億円の粗付加価値を産出し日本経済の牽引役である自動車関連製造業25社の粗付加価値4兆4000億円に肩を並べる。
ところで「21世紀型サービス産業」である総合商社はどうか。総合商社9社は年間約1兆円の粗付加価値を生み出している。規模として高炉製鉄業8社の半分強である。非鉄金属製造業33社、水運業18社、航空運輸業5社とほぼ同じくらい。出版・印刷業11社の1.5倍、工作機械30社の3倍である。
総合商社の売上高がきわめて大きい一方で利益の絶対額が小さい。そのため過去において、ある時は総合商社は実力以上に巨大な存在と見られ自信過剰になったり、ある時はその反動で必要以上に過小評価され自信喪失に陥ったように思う。でも粗付加価値でみれば、実態はそれほど巨大でもないし、またそれほど捨てたものでもない。身の丈に応じた社会貢献(粗付加価値の創出)を続けたいものだ。
(1999年5月10日 橋本尚幸)
1999年4月5日月曜日
21世紀、誰が日本の寝たきり老人を養うのか
アメリカ景気の強さといったら、それはもうたいへんなもので、まったくうらやましい。一方で、わが国経済ときたら、ご存知の低迷ぶりで、見ていて歯がゆいばかりである。
そんな中で、アメリカの一流エコノミストが「日本の景気回復は当分期待できない。だから日本からアメリカへの資本移動は続かざるをえない。したがってアメリカの景気は当分大丈夫なのである」などというのを聞くと、日本はアメリカの「貢ぐ君」ではないよと、ひがみたくもなる。
日本の不況が長期化し、社会の構造改革も遅々として進まないようにみえる中で、人口の高齢化だけは着実に進行している。これではアメリカとの格差は開くいっぽうだ。このままで行くとわが国の将来はどんなものとなるのか、誰が高齢者の面倒を見るのか、考えるのも恐ろしいほどだが、ここは職務柄、パソコンを使って将来を数字で見てみることにした。
試算の前提であるが、日本の構造改革が進まないので日本経済の過小消費体質は、牢固として「改善されずに」維持される、すなわちゼロ成長と経常収支の黒字が続くと仮定する。また日本の経常黒字はすべて海外で再投資されるとする(その結果、経常収支黒字の為替相場、金利水準への影響はニュートラルとなる)。人口推計は厚生省の数字を使い、要介護老人の老人人口に占める比率は現在の比率(8.3%)が改善されないと仮定した。
計算の結果は、次のような意外なものとなった。まったく心配することはなかったのである。すなわち:
1)日本の人口がピークアウトする2005年での日本の対外純資産は、2兆2200億ドルにまで増大する(GDPの54%)。
2)この対外純資産からの受取利息はGDPの2.7%となる。
3)これで日本の防衛費(GDPの1%)を楽々と全額カバーできる。
4)さらに防衛費を払った残りで、日本の要看護老人(その時点で207万人)の介護費用として、一人あたり年間353万円を支給することができる。
日米経済は、こと貯蓄・投資バランスについていえば鏡のような対照性があるので、アメリカでは全く逆のことが起こる。だから21世紀において日本の防衛費と要介護老人の介護費用を払うのは、アメリカの納税者ということになる。まるでイソップの「ありとキリギリス」の童話だ。
不況が続いて、お隣の芝生が青く見えることもあるが、日本人はそれほどひがんだり卑屈になることはないと思う。同時にアメリカ経済の強さを必要以上に過大に評価することも間違っているように思う。
おごることなく、卑屈になることなく、常に等身大で自分と相手を見ることが大切なのである。そうすれば「百戦危うべからず」と孫子もいっている。
(1999年4月5日 橋本尚幸)
そんな中で、アメリカの一流エコノミストが「日本の景気回復は当分期待できない。だから日本からアメリカへの資本移動は続かざるをえない。したがってアメリカの景気は当分大丈夫なのである」などというのを聞くと、日本はアメリカの「貢ぐ君」ではないよと、ひがみたくもなる。
日本の不況が長期化し、社会の構造改革も遅々として進まないようにみえる中で、人口の高齢化だけは着実に進行している。これではアメリカとの格差は開くいっぽうだ。このままで行くとわが国の将来はどんなものとなるのか、誰が高齢者の面倒を見るのか、考えるのも恐ろしいほどだが、ここは職務柄、パソコンを使って将来を数字で見てみることにした。
試算の前提であるが、日本の構造改革が進まないので日本経済の過小消費体質は、牢固として「改善されずに」維持される、すなわちゼロ成長と経常収支の黒字が続くと仮定する。また日本の経常黒字はすべて海外で再投資されるとする(その結果、経常収支黒字の為替相場、金利水準への影響はニュートラルとなる)。人口推計は厚生省の数字を使い、要介護老人の老人人口に占める比率は現在の比率(8.3%)が改善されないと仮定した。
計算の結果は、次のような意外なものとなった。まったく心配することはなかったのである。すなわち:
1)日本の人口がピークアウトする2005年での日本の対外純資産は、2兆2200億ドルにまで増大する(GDPの54%)。
2)この対外純資産からの受取利息はGDPの2.7%となる。
3)これで日本の防衛費(GDPの1%)を楽々と全額カバーできる。
4)さらに防衛費を払った残りで、日本の要看護老人(その時点で207万人)の介護費用として、一人あたり年間353万円を支給することができる。
日米経済は、こと貯蓄・投資バランスについていえば鏡のような対照性があるので、アメリカでは全く逆のことが起こる。だから21世紀において日本の防衛費と要介護老人の介護費用を払うのは、アメリカの納税者ということになる。まるでイソップの「ありとキリギリス」の童話だ。
不況が続いて、お隣の芝生が青く見えることもあるが、日本人はそれほどひがんだり卑屈になることはないと思う。同時にアメリカ経済の強さを必要以上に過大に評価することも間違っているように思う。
おごることなく、卑屈になることなく、常に等身大で自分と相手を見ることが大切なのである。そうすれば「百戦危うべからず」と孫子もいっている。
(1999年4月5日 橋本尚幸)
1999年3月1日月曜日
伸縮両面のある「日本式リストラ」のすすめ
社会経済生産性本部によると、日本の一人あたりGDPは、OECD12カ国のなかでトップであるにもかかわらず、国民経済生産性(実質GDP/就業者)となると大きく低下し、12カ国中11位にまで落ちてしまうとのことである(ちなみに最下位は韓国)。
どうしてこのようなことになるのか。いろいろの理由が考えられるが、ここでは日本の人口に占める就業者の比率が欧米に比べて高いことに注目したい。
ひらたくいうと、欧米では働く人は根を詰めて働くが、働かない人はまったく働かないという具合に、二つの種類の人間の間にはっきりした分化が進んでいるようなのだ。働く人は目一杯働くから当然生産性は上がる。一方、日本では、その分化がそれほど明確でなく、誰もが自分のペースで、できる限り長く社会に貢献するのを良しとする伝統がある。大勢でゆっくり働くので、生産性は落ちる。
あるシンクタンクの試算によると日本の企業内過剰雇用は700万人に達するという。また高齢の就業者も多く、日本の65歳以上の労働力人口は495万人にものぼり、65歳以上の人口の24%を占めるが、米国ではその比率は12%、英国においては5%にしか過ぎない。
日本の経済システムでは、生産性は落ちるが全体の生産量と雇用は多くなるのである。日本企業は社会的な役割も負わされているともいえる。(それにしては国際的にみて企業の税負担が高いが、ここではそれに触れない)
日本型システムに対する批判は強い。しかし、できるだけ多くの人々に、柔軟な賃金体系のもとに、その余裕と能力に応じて広く活躍の機会を提供するという考え方は、基本的に間違っているとは思えない。これが共同体意識、チームワーク精神につながってくる。これは日本パワーの源泉でもあった。
ヨーロッパではいま、「ワークシェアリング」といって、就業機会をより多くの人々で共有する試みがなされている。これは日本型システムの模倣だが、「模倣」は最高の「賛辞」であるのだ。
グローバル化による価値観の一律化が進んでいるが、社会と文化が異なれば自ずとやり方も異なる。現在、未曾有の不況の中で企業のリストラが進んでいる。しかし、このような日本社会の性格を配慮せず、縮小均衡のみを追求するリストラでは、経済全体としては資源の最適配分につながらないと思う。
縮みと並行して、己の強みの分野に於いては、積極的に人的資源を投入する拡張策が期待される所以である。
(1999年3月1日 橋本尚幸)
どうしてこのようなことになるのか。いろいろの理由が考えられるが、ここでは日本の人口に占める就業者の比率が欧米に比べて高いことに注目したい。
ひらたくいうと、欧米では働く人は根を詰めて働くが、働かない人はまったく働かないという具合に、二つの種類の人間の間にはっきりした分化が進んでいるようなのだ。働く人は目一杯働くから当然生産性は上がる。一方、日本では、その分化がそれほど明確でなく、誰もが自分のペースで、できる限り長く社会に貢献するのを良しとする伝統がある。大勢でゆっくり働くので、生産性は落ちる。
あるシンクタンクの試算によると日本の企業内過剰雇用は700万人に達するという。また高齢の就業者も多く、日本の65歳以上の労働力人口は495万人にものぼり、65歳以上の人口の24%を占めるが、米国ではその比率は12%、英国においては5%にしか過ぎない。
日本の経済システムでは、生産性は落ちるが全体の生産量と雇用は多くなるのである。日本企業は社会的な役割も負わされているともいえる。(それにしては国際的にみて企業の税負担が高いが、ここではそれに触れない)
日本型システムに対する批判は強い。しかし、できるだけ多くの人々に、柔軟な賃金体系のもとに、その余裕と能力に応じて広く活躍の機会を提供するという考え方は、基本的に間違っているとは思えない。これが共同体意識、チームワーク精神につながってくる。これは日本パワーの源泉でもあった。
ヨーロッパではいま、「ワークシェアリング」といって、就業機会をより多くの人々で共有する試みがなされている。これは日本型システムの模倣だが、「模倣」は最高の「賛辞」であるのだ。
グローバル化による価値観の一律化が進んでいるが、社会と文化が異なれば自ずとやり方も異なる。現在、未曾有の不況の中で企業のリストラが進んでいる。しかし、このような日本社会の性格を配慮せず、縮小均衡のみを追求するリストラでは、経済全体としては資源の最適配分につながらないと思う。
縮みと並行して、己の強みの分野に於いては、積極的に人的資源を投入する拡張策が期待される所以である。
(1999年3月1日 橋本尚幸)
1999年2月5日金曜日
「バブルで滅んだ国はない」
不況もこれだけ長引いてくると、景気の悪い話など誰もあまり聞きたくなくなるものと見え、経済見通しについて観察するところをありのまま申し上げると「どうも悲観的にすぎるじゃないの」とか「景気の悪いのは百も承知。少しでも明るいところを探してきてほしい」などいわれることがある。小渕首相も通常国会の冒頭の施政方針演説で「いまや大いなる悲観主義から脱却すべきときが来ている。いま必要なのは確固たる意志を持った建設的楽観主義である」と強調し格好がよかった。まことにもっともな態度であるが、それをとらえて「調査機関や企業の調査部門の連中が弱気なことばかりいうから日本経済はますます萎縮するのだ、あいつらはけしからん」ということにつながるのなら、それはちょっと違うという気がする。
たしかにビジネスマンの基本的資質に楽観的ということがある。しかしこの楽観的ということは、外的環境を自分に都合のよいようにねじ曲げて甘く解釈することではなく、外的環境をありのままに見据えた上で、積極的に、適切な対応策を実行に移すことにあると思う。それこそ「建設的な楽観主義」であろう。
現実に、多くの日本企業が、かつて景気のよかった頃には手が着けることができなかった構造改革に本腰を入れて着手している。なにせ企業の生き残りがかかっているのである。その意味で、今回の不況は、時代に適合しなくなっている昔からのしがらみを断ち切る絶好の機会ともいえるのだ。
こういった企業の対応は、主に人件費などの固定費の削減を目指すもの、不採算部門からの撤退、または合併・業界再編、さらに新規成長分野・得意分野への集中的な投資など、いくつかの種類に分類できる。これらの動きは連日のように新聞紙上をにぎわしており、日本企業の対応の的確さと迅速さには目を見張るものがある。もっともいまの大不況にあって初めてこれが可能になったという面もあり、不況にもなかなかよいところもあるのである。
経済発展の歴史をみると、バブルとその崩壊は限りなく繰り返されたが、それで滅んだ国はなかったことがわかる。景気循環の歴史の専門家によれば、好況と不況(恐慌)は19世紀以来、ほぼ10年ごとに繰り返されてきたが、不況(恐慌)の度ごとに、当該社会の産業競争力が強化され、生産性の向上が見られたという。
国は経済の悪化によっては滅亡しない。経済悪化で情緒不安定になったときに下す政治外交的判断の誤りによって滅ぶといわれるが、企業においても同じことだ。
平成不況の中、大部分の日本企業は冷静に平常心を失わず、着々と正しい対応を実行しつつあるのを見るにつけ、不況は来年まで続くかもしれないが、日本産業の競争力は着実に強化されつつあると判断する。そういう意味で、私はきわめて楽観的なのである。
(1999年2月5日 橋本尚幸)
たしかにビジネスマンの基本的資質に楽観的ということがある。しかしこの楽観的ということは、外的環境を自分に都合のよいようにねじ曲げて甘く解釈することではなく、外的環境をありのままに見据えた上で、積極的に、適切な対応策を実行に移すことにあると思う。それこそ「建設的な楽観主義」であろう。
現実に、多くの日本企業が、かつて景気のよかった頃には手が着けることができなかった構造改革に本腰を入れて着手している。なにせ企業の生き残りがかかっているのである。その意味で、今回の不況は、時代に適合しなくなっている昔からのしがらみを断ち切る絶好の機会ともいえるのだ。
こういった企業の対応は、主に人件費などの固定費の削減を目指すもの、不採算部門からの撤退、または合併・業界再編、さらに新規成長分野・得意分野への集中的な投資など、いくつかの種類に分類できる。これらの動きは連日のように新聞紙上をにぎわしており、日本企業の対応の的確さと迅速さには目を見張るものがある。もっともいまの大不況にあって初めてこれが可能になったという面もあり、不況にもなかなかよいところもあるのである。
経済発展の歴史をみると、バブルとその崩壊は限りなく繰り返されたが、それで滅んだ国はなかったことがわかる。景気循環の歴史の専門家によれば、好況と不況(恐慌)は19世紀以来、ほぼ10年ごとに繰り返されてきたが、不況(恐慌)の度ごとに、当該社会の産業競争力が強化され、生産性の向上が見られたという。
国は経済の悪化によっては滅亡しない。経済悪化で情緒不安定になったときに下す政治外交的判断の誤りによって滅ぶといわれるが、企業においても同じことだ。
平成不況の中、大部分の日本企業は冷静に平常心を失わず、着々と正しい対応を実行しつつあるのを見るにつけ、不況は来年まで続くかもしれないが、日本産業の競争力は着実に強化されつつあると判断する。そういう意味で、私はきわめて楽観的なのである。
(1999年2月5日 橋本尚幸)
1999年2月1日月曜日
バランスシートで見た日本経済
先月のこのコラムで「調整インフレが警戒されている」と書いたところ、複数の人から「調整インフレ論者だった筈の筆者がいつの間に宗旨がえをしたのか」とお叱りをいただいた。筆者としては、資産家はこう考えているのだろうとの、観測を述べたつもりだったが、いつもながらの舌足らずな文章のため意が伝わらなかった。反省。そういうことで今回も、日本の遊休化した資本ストックと水膨れした個人金融資産の関係について、価格の問題を絡めて、考えてみたい。
現下の不況の根本原因に、過剰な資本ストックがある。1980年代後半、内需拡大のかけ声の元に、企業は過剰投資を積み重ね、伝統的に低いレベルでおさまっていた資本係数を異常な高さにまで押し上げてしまった。日本経済は全体で50兆円とも100兆円とも言われる余分な供給能力を抱えることになったのである。今の不況は、この矛盾を調整する苦しみの過程にほかならない。
日本経済をひとつのバランスシートに表してみると、この供給能力の過剰とは、借方側の資産部分が実態以上に大きな金額で書かれているということである。実際には、実物資産の相当部分が稼働していないわけで、余分で価値のない設備が額面で帳面に記入されているのだ。このバランスシートの調整が今後確実に進行していくことになる。
問題は、この借方側の実物資産の過大評価に対応する貸方側の調整である。借方が実態以上に水膨れしているということは、貸方側も実態以上に過大に評価されている(不良債権化している)ことである。なかでも日本人一人当たり1000万円、全体で1200兆円にのぼるという個人金融資産の実態はどうかという点が興味深い。資産部分(借方)が水膨れしていることに対応して、この1200兆円も、そうとう大幅に過大評価されている(不良債権化している)はずである。日本の資本効率の驚くべき低さが、何よりも雄弁にそれを物語っている。
実物資産(設備機械)の除却が進行して借方の過大評価が解消するにつれ、過大評価されている貸方側でも調整が進む。その方法は、利益の吐き出し(企業の負担)、資本金部分の圧縮(株主の負担)、借入金部分の切り捨て(債権者の負担)などがあり、それぞれの部門が応分の負担をしなければならない。家計の金融資産(大部分が預貯金)も「円安をともなった物価の上昇」により実質的に減価させることも可能なのである。
鎌倉時代、当時の国土防衛戦争(元寇)の出費で困窮した御家人集団を救うため、徳政令が考案された。いま「平成の徳政令」として「調整インフレ」が議論されている。それに賛成するか、反対するかは、経済政策的に正しいかどうかというよりは、論者の資産ポジションによって大きく影響されているように思う。
(橋本尚幸)
現下の不況の根本原因に、過剰な資本ストックがある。1980年代後半、内需拡大のかけ声の元に、企業は過剰投資を積み重ね、伝統的に低いレベルでおさまっていた資本係数を異常な高さにまで押し上げてしまった。日本経済は全体で50兆円とも100兆円とも言われる余分な供給能力を抱えることになったのである。今の不況は、この矛盾を調整する苦しみの過程にほかならない。
日本経済をひとつのバランスシートに表してみると、この供給能力の過剰とは、借方側の資産部分が実態以上に大きな金額で書かれているということである。実際には、実物資産の相当部分が稼働していないわけで、余分で価値のない設備が額面で帳面に記入されているのだ。このバランスシートの調整が今後確実に進行していくことになる。
問題は、この借方側の実物資産の過大評価に対応する貸方側の調整である。借方が実態以上に水膨れしているということは、貸方側も実態以上に過大に評価されている(不良債権化している)ことである。なかでも日本人一人当たり1000万円、全体で1200兆円にのぼるという個人金融資産の実態はどうかという点が興味深い。資産部分(借方)が水膨れしていることに対応して、この1200兆円も、そうとう大幅に過大評価されている(不良債権化している)はずである。日本の資本効率の驚くべき低さが、何よりも雄弁にそれを物語っている。
実物資産(設備機械)の除却が進行して借方の過大評価が解消するにつれ、過大評価されている貸方側でも調整が進む。その方法は、利益の吐き出し(企業の負担)、資本金部分の圧縮(株主の負担)、借入金部分の切り捨て(債権者の負担)などがあり、それぞれの部門が応分の負担をしなければならない。家計の金融資産(大部分が預貯金)も「円安をともなった物価の上昇」により実質的に減価させることも可能なのである。
鎌倉時代、当時の国土防衛戦争(元寇)の出費で困窮した御家人集団を救うため、徳政令が考案された。いま「平成の徳政令」として「調整インフレ」が議論されている。それに賛成するか、反対するかは、経済政策的に正しいかどうかというよりは、論者の資産ポジションによって大きく影響されているように思う。
(橋本尚幸)
1998年12月1日火曜日
デフレ経済はとにかく生き抜こう
今回の不況は想像以上に長引くとの見方が次第に強まっている。景気対策を小出しにしてタイミングを失するうちに、日本経済の伝統的な牽引役である民間設備投資が、いよいよ下降循環に入ってしまったからである。
設備投資の循環サイクルがいったん下向くと3年は続くのが過去の例だ。その間、在庫循環などの短期的な景気サイクルが上向いても、また少々の財政を出動させても、人為的な手段ではなかなか景気は浮揚しないのである。
そのうち頼みの米国経済も怪しくなってくる。アジア経済が最悪期を脱するとしても日本経済を牽引するにはいかにも小さい。ということで、やっぱり不況は長期化するように見える。そういった状況のなかで、我々はどう対応すべきなのだろうか。ひとつ皆になりかわって考えてみよう。
まず企業であるが、オペレーション規模の適正化がなによりも大切との認識が広まっている。需要が縮小するなかで収益を上げうる企業体質への転換である。これは短期的には縮小均衡となるが、市場に参加する企業数の淘汰も同時に進むので、生き残れさえすれば最終的には売上高は拡大すると期待できるのだ。
家計もデフレ経済のなかで出来るだけ身軽になろうとしている。わが国には「シンプルライフ」「清貧」をよしとする伝統があり、極端な倹約も美意識に沿ったかたちで実行可能だ。支出は最小限にとどめひたすら資産の蓄積に励む。また今から生活程度を下げておけば年金生活へ移行してもショックが少ない。貯金はまさに一石二鳥なのである。
一方、資産面では各人の金融資産の目減り防止が最大の課題となる。バブル崩壊で地価、株価をはじめ資産価格が大幅に目減りしてしまったが、預貯金で保有する金融資産は、相当部分がバブル期に家計が企業部門に高値で売った不動産の代金であるが、まったく目減りしていない。問題は確実な投資先が少ないことだが、幸い巨額の国債発行と財投(郵貯)は毎年続くのでそれに投資すればよい。投資の収益は税務署が納税者から責任を持って取り立ててくれるので安心である。警戒すべきは「調整インフレ」だが、最近はこの議論も下火になった。
上記がほとんどの企業と家計が考えていることではないか(図星でしょう)。でも皆が同じ行動をとると「合成の誤謬」が生じる。よって不況は長引くのである。
しかし悪いことばかりではない。不況が続く限り日本産業は合理化を続けるので競争力が向上する。また家計も貯蓄を続けるので資金がたまる。だから日本経済は、将来的にはますます巨大な資金といよいよ強い国際競争力を持つことになるだろう。「合成の誤謬」転じて「合成の大正解」である。再び日米摩擦? でも今度はもっと謙虚に行きたいものだ。
(橋本尚幸)
1998年11月30日月曜日
杉野さんとアルページュ
〔旧HPより転載〕
杉野さんは亡くなってしまった。向井さんも島氏さんも、江面さんも酒井さんも、みんな亡くなってしまった。楽しいときがあれば、終わりもあるのだ。
杉野さんとアルページュ杉野さんとアルページュ杉野さんとアルページュ
杉野禾吉さんとアルページュ
1998.11 アオレレ (AOLELE) 文集に寄稿
はじめて杉野さんにお会いしたのは、もう30年近くも前になりますが、油壷に浮かぶ青いアルページュの上でした。僕は当時、東京に出てきたばかりの新入社員で、一年先輩の島氏さんの紹介でアオレレに寄せてもらうことになったのです。夏も終わりのある土曜日の午後(当時の住商では土曜日は各週で出勤でした)、向井さんの車で油壷に向かいました。道は混んでいましたが、長者が崎をまわったとたんに、青い海と白い雲が目の前いっぱいに広がり、とても感動したのを憶えています。
道ばたにアシタバが生えているヨッテル際の細道を下り、テンダーを漕いで、お椀のように丸くて背が高いヨットに到着しました。それがアオレレで、なんでもフランス製のアルページュという最新型プロダクションボートで、この春の太平洋横断シングルハンドレースで堂々二位で三崎にゴールしたものを、アオレレメンバーの得意の英語交渉力で買い取ったとのことでした。僕がその高いスターン(その時はまだ梯子がついていなかった)を苦労してよじ登るのを、コックピットから助けてくれた人が杉野さんで、白い半ズボンに、学生帽のような青い帽子がとても印象的でありました。
アオレレでは毎晩が酒盛りでとても盛り上がりました。向井さんは、アルページュの近代的なキッチンで盛んに料理をつくり「このジョンジョン(日本酒)は美味しいよ」と剣菱を呑んでました(わたしは関西育ちなのに剣菱の名前も知らなかった)。江面さんは「式根という島に行くと、崖下の浜に温泉が湧いていて、そこに入っていると目の前に夕陽が見えて、波がどーんと跳ねかえって、とーてもチョーワ(良い)よ」と話してくれました。冨島さんは「ミラノに出張で行ったが日本の円を交換しようとしてもどこでも換えてくれなかった、日本はまだまだアンデーな(良くない)国よ」外国のみやげ話をしていました。島氏さんは「ネー、ネー(了解、了解)」と云いながら、いつもニコニコされていました。隣の船の方がアジのたたきを作ってくれました。(こうやってバイ菌を一つづつ殺すのよ、といって包丁で盛んにアジを叩いておられました)。その他にもいろんな楽しい人たちが集まってアオレレは毎晩にぎやかでした。杉野さんは「普通の船はまずハルがあってその中にキャビンを埋め込むのだが、この船はまずキャビンを設計してその外側にハルをとりつけたのよ」とアルページュの居住性をこよなく愛しておられました。
進藤さんが船にミス・エクアドルを連れてきたり、杉野さんがビール会社の宣伝に船を提供したので美人モデルが大挙してやってきたり、それはそれはドキドキするような楽しいことがいっぱいありました。はじめての初島レースでは、強風のなかでスキッパーの沼口さんの英雄的なティラーさばきに感動しました(明け方になっても頑張って舵を引く沼口さんの頬に、青々と髭が(進行形で)伸びてくるのをみて、ただただすごいと思いました)。向井さんが大きなシイラを釣って、それを皆で食べ尽くしました。そのまま鍋に放り込んで揚げたアナゴのてんぷらも絡み合っていてすごかった。波布の港の岸壁で、御神火という焼酎といっしょにはじめて食べたクサヤの美味しかったこと。日曜日の夕方になると杉野さんの年代物の青い「トラック」をだましだまし運転して東京に帰ってきました。アルページュに乗っていた時の僕たちは本当に楽しく幸せでした。
でもしばらくして僕はアルゼンチンに行くことになり、油壷を去りました。杉野さんも考えるところがあり、会社を辞められ日本を離れました。杉野さんはアルゼンチン経由でブラジルに向かわれたのですが、ブエノスアイレスのバスターミナルで、一人でブラジルに発つ杉野さんをお見送りした時は、さすがに感無量でした。
向井さんが「ヨットマンは常に超現実の世界に理想と夢を求めるのだ」との趣旨のことを云ったことがあります。僕も同じように感じることがあります。船首を大海原に向けてティラーを引くとき、この世のしがらみは後ろに残し去って、すばらしい希望に向けて船を進めているような気になるのです。人生においては、僕の場合、理想と夢は空想の世界の中にそれを求めることで我慢してきたように思います(空想への逃避をしていたのです)。しかし杉野さんの場合は、勇気があり、あくまでも現実の世界における夢と理想を追求され、実践されたのでした。
杉野さんを思い出すとき、どうしても青い色が浮かんできます。相模湾の青い海。杉野さんの青い帽子と青いダッフルコート。杉野さんの青い「トラック」。そしてあくまでも青いヨット「ブルー・アルページュ」です。
アルページュといえば、同じ名前のフランスの香水があります。家内はごく若いころ、この香水をつけていたのですが、それはもうずっと昔のことで、いまはその香りも嗅ぐこともありません。アルページュとは、永遠に「青春の香り」なのかも知れません。
(橋本尚幸)
杉野さんは亡くなってしまった。向井さんも島氏さんも、江面さんも酒井さんも、みんな亡くなってしまった。楽しいときがあれば、終わりもあるのだ。
杉野さんとアルページュ杉野さんとアルページュ杉野さんとアルページュ
杉野禾吉さんとアルページュ
1998.11 アオレレ (AOLELE) 文集に寄稿
はじめて杉野さんにお会いしたのは、もう30年近くも前になりますが、油壷に浮かぶ青いアルページュの上でした。僕は当時、東京に出てきたばかりの新入社員で、一年先輩の島氏さんの紹介でアオレレに寄せてもらうことになったのです。夏も終わりのある土曜日の午後(当時の住商では土曜日は各週で出勤でした)、向井さんの車で油壷に向かいました。道は混んでいましたが、長者が崎をまわったとたんに、青い海と白い雲が目の前いっぱいに広がり、とても感動したのを憶えています。
道ばたにアシタバが生えているヨッテル際の細道を下り、テンダーを漕いで、お椀のように丸くて背が高いヨットに到着しました。それがアオレレで、なんでもフランス製のアルページュという最新型プロダクションボートで、この春の太平洋横断シングルハンドレースで堂々二位で三崎にゴールしたものを、アオレレメンバーの得意の英語交渉力で買い取ったとのことでした。僕がその高いスターン(その時はまだ梯子がついていなかった)を苦労してよじ登るのを、コックピットから助けてくれた人が杉野さんで、白い半ズボンに、学生帽のような青い帽子がとても印象的でありました。
アオレレでは毎晩が酒盛りでとても盛り上がりました。向井さんは、アルページュの近代的なキッチンで盛んに料理をつくり「このジョンジョン(日本酒)は美味しいよ」と剣菱を呑んでました(わたしは関西育ちなのに剣菱の名前も知らなかった)。江面さんは「式根という島に行くと、崖下の浜に温泉が湧いていて、そこに入っていると目の前に夕陽が見えて、波がどーんと跳ねかえって、とーてもチョーワ(良い)よ」と話してくれました。冨島さんは「ミラノに出張で行ったが日本の円を交換しようとしてもどこでも換えてくれなかった、日本はまだまだアンデーな(良くない)国よ」外国のみやげ話をしていました。島氏さんは「ネー、ネー(了解、了解)」と云いながら、いつもニコニコされていました。隣の船の方がアジのたたきを作ってくれました。(こうやってバイ菌を一つづつ殺すのよ、といって包丁で盛んにアジを叩いておられました)。その他にもいろんな楽しい人たちが集まってアオレレは毎晩にぎやかでした。杉野さんは「普通の船はまずハルがあってその中にキャビンを埋め込むのだが、この船はまずキャビンを設計してその外側にハルをとりつけたのよ」とアルページュの居住性をこよなく愛しておられました。
進藤さんが船にミス・エクアドルを連れてきたり、杉野さんがビール会社の宣伝に船を提供したので美人モデルが大挙してやってきたり、それはそれはドキドキするような楽しいことがいっぱいありました。はじめての初島レースでは、強風のなかでスキッパーの沼口さんの英雄的なティラーさばきに感動しました(明け方になっても頑張って舵を引く沼口さんの頬に、青々と髭が(進行形で)伸びてくるのをみて、ただただすごいと思いました)。向井さんが大きなシイラを釣って、それを皆で食べ尽くしました。そのまま鍋に放り込んで揚げたアナゴのてんぷらも絡み合っていてすごかった。波布の港の岸壁で、御神火という焼酎といっしょにはじめて食べたクサヤの美味しかったこと。日曜日の夕方になると杉野さんの年代物の青い「トラック」をだましだまし運転して東京に帰ってきました。アルページュに乗っていた時の僕たちは本当に楽しく幸せでした。
でもしばらくして僕はアルゼンチンに行くことになり、油壷を去りました。杉野さんも考えるところがあり、会社を辞められ日本を離れました。杉野さんはアルゼンチン経由でブラジルに向かわれたのですが、ブエノスアイレスのバスターミナルで、一人でブラジルに発つ杉野さんをお見送りした時は、さすがに感無量でした。
向井さんが「ヨットマンは常に超現実の世界に理想と夢を求めるのだ」との趣旨のことを云ったことがあります。僕も同じように感じることがあります。船首を大海原に向けてティラーを引くとき、この世のしがらみは後ろに残し去って、すばらしい希望に向けて船を進めているような気になるのです。人生においては、僕の場合、理想と夢は空想の世界の中にそれを求めることで我慢してきたように思います(空想への逃避をしていたのです)。しかし杉野さんの場合は、勇気があり、あくまでも現実の世界における夢と理想を追求され、実践されたのでした。
杉野さんを思い出すとき、どうしても青い色が浮かんできます。相模湾の青い海。杉野さんの青い帽子と青いダッフルコート。杉野さんの青い「トラック」。そしてあくまでも青いヨット「ブルー・アルページュ」です。
アルページュといえば、同じ名前のフランスの香水があります。家内はごく若いころ、この香水をつけていたのですが、それはもうずっと昔のことで、いまはその香りも嗅ぐこともありません。アルページュとは、永遠に「青春の香り」なのかも知れません。
(橋本尚幸)
1998年10月1日木曜日
企業にとっての情勢判断と情報
ピーター・ドラッカーによれば、今後の企業にとって最も重要な課題は「いかに外部情報を収集、分析し、それを経営戦略に組み込んでいくか」であるという(10月5日、日経新聞)。ビジネスが包含するリスクは、昔と較べ段違いに巨大化、複雑化していることを考えれば、企業経営にとってシステマティックな情報収集と分析、それにもとづく的確な情勢判断が、ますます重要になっていることはいうまでもない。問題は、どうやって企業体のなかに、こういった仕組みと風土をビルトインするかであるが、古今の情報収集分析の専門家が一致して重要と指摘している点を三つばかり紹介したい。
まず第一に、組織としての「複眼的」な情報分析が大切であるということ。経営判断は、基本的には所轄部門のいわゆる「ライン」情報にもとづき行われるのが通例であるが、ひとつの情報だけを判断の拠り所にするのではなく、常に別のチャンネルの情報も参考にすべきだということである。戦略重視の大英帝国においては、伝統的に、大使館経由の情報(「ライン」情報)に加え、MI6などの諜報機関のサイド情報が重要視されてきた。情報ルートが複数となると、当然それぞれの判断が食い違うことが起こるが、それが更に突っ込んだ議論を呼び起こし、判断の精度が高まる。情報は決して「一本化」してはならないのである。
第二の点は、公開されている文献情報の重視である。スパイ・ゾルゲの例は有名だが、昔から情報分析の専門家は、ほとんど公開情報をベースに情勢判断を行ってきた。「情報は足で稼げ」とは一面の真理ではあるが、それが文献情報の軽視につながるならば、とても危険な風潮と言わなければならない。
また「人間は自分の知識の範囲内においてのみ認識する」という臨床心理学の研究を信ずるならば、ストックとしての知識ベースを広げることが新たな情報を収集するためにも重要になってくる。情報の量が多くなると、どうしても複数の専門家による分業が必要になる。多数のワークステーションを並行稼働させることで超高速スーパーコンピューターなみの性能を出せるようになったように、チームプレーによる組織的な情報分析の技術を磨いて行かねばならない。
三つ目は「ビジネスの視点に立った」情報分析ということである。情報の値打ちとは、その情報がもたらしたアクションの大きさによって計られるという。一見なんでもない情報が戦いの帰趨に決定的な役割を果たした桶狭間の戦いの事例を見るまでもなく、結局どのような情報が経営判断にとって重要かを情報分析スタッフが十分知っていることが必要なのだ。その意味で、政治経済情勢の分析も、企業としてやる以上、ビジネスの実務経験者を中心にした情報分析体制で取り進めることが望ましいのである。
橋本尚幸
まず第一に、組織としての「複眼的」な情報分析が大切であるということ。経営判断は、基本的には所轄部門のいわゆる「ライン」情報にもとづき行われるのが通例であるが、ひとつの情報だけを判断の拠り所にするのではなく、常に別のチャンネルの情報も参考にすべきだということである。戦略重視の大英帝国においては、伝統的に、大使館経由の情報(「ライン」情報)に加え、MI6などの諜報機関のサイド情報が重要視されてきた。情報ルートが複数となると、当然それぞれの判断が食い違うことが起こるが、それが更に突っ込んだ議論を呼び起こし、判断の精度が高まる。情報は決して「一本化」してはならないのである。
第二の点は、公開されている文献情報の重視である。スパイ・ゾルゲの例は有名だが、昔から情報分析の専門家は、ほとんど公開情報をベースに情勢判断を行ってきた。「情報は足で稼げ」とは一面の真理ではあるが、それが文献情報の軽視につながるならば、とても危険な風潮と言わなければならない。
また「人間は自分の知識の範囲内においてのみ認識する」という臨床心理学の研究を信ずるならば、ストックとしての知識ベースを広げることが新たな情報を収集するためにも重要になってくる。情報の量が多くなると、どうしても複数の専門家による分業が必要になる。多数のワークステーションを並行稼働させることで超高速スーパーコンピューターなみの性能を出せるようになったように、チームプレーによる組織的な情報分析の技術を磨いて行かねばならない。
三つ目は「ビジネスの視点に立った」情報分析ということである。情報の値打ちとは、その情報がもたらしたアクションの大きさによって計られるという。一見なんでもない情報が戦いの帰趨に決定的な役割を果たした桶狭間の戦いの事例を見るまでもなく、結局どのような情報が経営判断にとって重要かを情報分析スタッフが十分知っていることが必要なのだ。その意味で、政治経済情勢の分析も、企業としてやる以上、ビジネスの実務経験者を中心にした情報分析体制で取り進めることが望ましいのである。
橋本尚幸
1998年9月1日火曜日
「第二の敗戦」で再び注目される坂口安吾
不況に加えて、企業、官庁のスキャンダル、さらには相次ぐ毒物事件と、日本列島にはいま、あたかも「第二の敗戦」といえるような無力感が漂っている。そのためか、戦後の灰燼のなかで当時の青年達に熱狂的に読まれた作家、坂口安吾に再び関心が集まっている。安吾の文章の幾つかを紹介させて欲しい。
「日本は負け、そして武士道は滅びたが、堕落という真実の母体によって始めて人間が誕生したのだ。生きよ墜ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救いうる便利な近道が有りうるだろうか」
『堕落論』の有名な一節である。でも単なる開き直りではない。安吾はいう。「(善人は気楽なものだが)堕落者は常にそこからハミだして、ただ一人曠野を歩いていくのである・・・孤独という通路は神に通じる道であり、善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、とはこの道だ」(『続堕落論』)
この安吾の『歎異抄』の読み方はやや独特だが、彼がいわんとしたことは堕落による新しい規範の創出に他ならない。すなわち「人は無限に墜ちきれるほど堅牢な精神にめぐまれていない。何物かカラクリにたよって落下をくいとめずにいられない・・・堕落は制度の母体である」(前掲書)
安吾は日本人はもともと復讐心が少ない人間であるからこそ仇討ちが制度化されたこと、権謀術数が伝統であればこそ武士道が工夫されたことなど例をあげ、だから「人は正しく墜ちる道を墜ちきることが必要なのだ」と説く。
さて現在、日本経済は景気の回復と構造改革という二つの相反する課題に直面している。どちらを優先するのか。安吾の考えによれば明らかに後者となる。
われわれ戦後世代は、戦後をひたむきに生き、日本の経済発展に寄与してきたと些かの自負はあるものの、荒廃した戦後教育しか受けられなかったゆえに、教養と独創性に欠けるとの指摘を受けることがある。内心忸怩たるものがある。それが自信喪失にもつながっている。でも安吾は気にすることはないという。
「僕は・・玉泉も大雅堂も竹田も鉄斉も知らない・・けれども、そのような僕の生活が・・貧困なものとは考えていない・・・法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ・・武蔵野の静かな落日はなくなったが累々たるバラックの屋根に夕陽が落ち・・ここにわれわれの実際の生活が魂を下ろしている限り、これが美しくなくて、何であろうか」
「猿真似を恥じることはない。それが真実の生活である限り、猿真似にも、独創と同一の優越があるのである」(『日本文化私観』)
安吾は「ありのままの自分への信頼」が最も大切と説いた。その言葉には今読んでみても魂の震えを覚える。そのため引用が長くなった。ご寛恕を乞う。
(橋本尚幸)
「日本は負け、そして武士道は滅びたが、堕落という真実の母体によって始めて人間が誕生したのだ。生きよ墜ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救いうる便利な近道が有りうるだろうか」
『堕落論』の有名な一節である。でも単なる開き直りではない。安吾はいう。「(善人は気楽なものだが)堕落者は常にそこからハミだして、ただ一人曠野を歩いていくのである・・・孤独という通路は神に通じる道であり、善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、とはこの道だ」(『続堕落論』)
この安吾の『歎異抄』の読み方はやや独特だが、彼がいわんとしたことは堕落による新しい規範の創出に他ならない。すなわち「人は無限に墜ちきれるほど堅牢な精神にめぐまれていない。何物かカラクリにたよって落下をくいとめずにいられない・・・堕落は制度の母体である」(前掲書)
安吾は日本人はもともと復讐心が少ない人間であるからこそ仇討ちが制度化されたこと、権謀術数が伝統であればこそ武士道が工夫されたことなど例をあげ、だから「人は正しく墜ちる道を墜ちきることが必要なのだ」と説く。
さて現在、日本経済は景気の回復と構造改革という二つの相反する課題に直面している。どちらを優先するのか。安吾の考えによれば明らかに後者となる。
われわれ戦後世代は、戦後をひたむきに生き、日本の経済発展に寄与してきたと些かの自負はあるものの、荒廃した戦後教育しか受けられなかったゆえに、教養と独創性に欠けるとの指摘を受けることがある。内心忸怩たるものがある。それが自信喪失にもつながっている。でも安吾は気にすることはないという。
「僕は・・玉泉も大雅堂も竹田も鉄斉も知らない・・けれども、そのような僕の生活が・・貧困なものとは考えていない・・・法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ・・武蔵野の静かな落日はなくなったが累々たるバラックの屋根に夕陽が落ち・・ここにわれわれの実際の生活が魂を下ろしている限り、これが美しくなくて、何であろうか」
「猿真似を恥じることはない。それが真実の生活である限り、猿真似にも、独創と同一の優越があるのである」(『日本文化私観』)
安吾は「ありのままの自分への信頼」が最も大切と説いた。その言葉には今読んでみても魂の震えを覚える。そのため引用が長くなった。ご寛恕を乞う。
(橋本尚幸)
1998年8月1日土曜日
「調整インフレ」についてもう少し議論をしよう
さかんに「調整インフレ」について議論されたが、反対意見が多く、また日銀総裁の否定的な見解発表もあり、最近は一段落の感がある。でもこの問題は、わが国を今後どういう方向に持って行くかという、きわめて本質的な問題を含んでおり、これでお仕舞いにするにはまだまだ早いように思う。
公債依存度がこれだけ増えてしまったいま、景気を刺激するにしても財政政策には限界がある。一方で、金利は既に「超低金利」となっており、更に金利を下げる余地はない。しかしマネーの的拡大をじて「期待インフレ率」を上昇させることができれば、名目金利は変化させずとも「実質ベース」で金利を低下させ景気刺激になる。これが「調整インフレ論」である。
これに対して「物価のコントロールは難しい」とか、「とにかくインフレは悪」との反論は多く出されたが、この調整インフレ政策が、世界経済にどのような影響を与えるのか、産業構造、不良債権問題との絡みはどうかなど、もうちょっと突っ込んだ議論があってもよかったように思う。二三の議論の材料を提起したい。
まず第一に、わが国で喫緊の課題である不良債権問題との関係である。金融機関の貸付残高で不良資産化している部分を公的資金で補填しようというのが政府の考えである。一種の「徳政令」であるが、最終的な負担者は誰かといえば、公的資金とは税金であるので納税者ということになる。負担比率は納税割合、すなわちほとんど「所得」に応じてである。一方、調整インフレ政策も金融機関の負債残高を実質で減少させるので不良債権問題の解決になる。ただ損失を負担するのは金融資産の所有者で、負担割合は基本的には資産残高に応じてである。公的資金による救済の場合、最終的負担の分担基準は所得の額(フロー)であるのに対し、インフレによる救済の場合は金融資産(ストック)の額となるのだ。わが国においては、所得格差より資産格差の方がはるかに大きいことを考えると、調整インフレ政策の方がより公平な負担方法といえるのではないか。
第二に、世界経済への影響である。インフレは円安を引き起こし、日本の輸出競争力を高め、景気回復を加速させる。一方アジア諸国の輸出には不利に働く。中国はこの機会に人民元を切り下げ、その責任を日本に押しつける可能性が高く、政治的には難しい判断となる。しかし日本経済はアジア経済の75%を占め、日本経済の成長なしにアジア経済の回復もあり得ない。また円安はサービス化が進んだアメリカ経済に対しては悪影響を与えることはない。「国際的責任」とやらを考えすぎて適切な行動をとらないことは、それこそわが国の国益を二義的に考えているとの謗りを免れないのである。
第三に、産業構造調整との関係である。インフレには産業構造の高度化を促進する働きがあることが知られている。産業構造の高度化のためには、就業者が効率の悪い業種から効率の高い業種にスムーズに継続的に移動しなければならないが、これは業種間の賃金格差によってはじめて可能になる。現代社会においては、賃金の下方硬直性があるため、この賃金格差を生じさせるには適当なインフレが必要であることが実証されている。逆に言えば、いまのようなゼロ・インフレ経済では、産業構造の高度化は期待できない。日本産業の10年20年先の国際競争力を考える場合、これは重要なポイントである。
以上、今回あまり議論されなかったと思われる二三の点について問題提起をした。「調整インフレ」議論を単なる技術論や善悪論だけで終わらせてはならない。
(橋本)
公債依存度がこれだけ増えてしまったいま、景気を刺激するにしても財政政策には限界がある。一方で、金利は既に「超低金利」となっており、更に金利を下げる余地はない。しかしマネーの的拡大をじて「期待インフレ率」を上昇させることができれば、名目金利は変化させずとも「実質ベース」で金利を低下させ景気刺激になる。これが「調整インフレ論」である。
これに対して「物価のコントロールは難しい」とか、「とにかくインフレは悪」との反論は多く出されたが、この調整インフレ政策が、世界経済にどのような影響を与えるのか、産業構造、不良債権問題との絡みはどうかなど、もうちょっと突っ込んだ議論があってもよかったように思う。二三の議論の材料を提起したい。
まず第一に、わが国で喫緊の課題である不良債権問題との関係である。金融機関の貸付残高で不良資産化している部分を公的資金で補填しようというのが政府の考えである。一種の「徳政令」であるが、最終的な負担者は誰かといえば、公的資金とは税金であるので納税者ということになる。負担比率は納税割合、すなわちほとんど「所得」に応じてである。一方、調整インフレ政策も金融機関の負債残高を実質で減少させるので不良債権問題の解決になる。ただ損失を負担するのは金融資産の所有者で、負担割合は基本的には資産残高に応じてである。公的資金による救済の場合、最終的負担の分担基準は所得の額(フロー)であるのに対し、インフレによる救済の場合は金融資産(ストック)の額となるのだ。わが国においては、所得格差より資産格差の方がはるかに大きいことを考えると、調整インフレ政策の方がより公平な負担方法といえるのではないか。
第二に、世界経済への影響である。インフレは円安を引き起こし、日本の輸出競争力を高め、景気回復を加速させる。一方アジア諸国の輸出には不利に働く。中国はこの機会に人民元を切り下げ、その責任を日本に押しつける可能性が高く、政治的には難しい判断となる。しかし日本経済はアジア経済の75%を占め、日本経済の成長なしにアジア経済の回復もあり得ない。また円安はサービス化が進んだアメリカ経済に対しては悪影響を与えることはない。「国際的責任」とやらを考えすぎて適切な行動をとらないことは、それこそわが国の国益を二義的に考えているとの謗りを免れないのである。
第三に、産業構造調整との関係である。インフレには産業構造の高度化を促進する働きがあることが知られている。産業構造の高度化のためには、就業者が効率の悪い業種から効率の高い業種にスムーズに継続的に移動しなければならないが、これは業種間の賃金格差によってはじめて可能になる。現代社会においては、賃金の下方硬直性があるため、この賃金格差を生じさせるには適当なインフレが必要であることが実証されている。逆に言えば、いまのようなゼロ・インフレ経済では、産業構造の高度化は期待できない。日本産業の10年20年先の国際競争力を考える場合、これは重要なポイントである。
以上、今回あまり議論されなかったと思われる二三の点について問題提起をした。「調整インフレ」議論を単なる技術論や善悪論だけで終わらせてはならない。
(橋本)
1998年7月1日水曜日
先達に学ぶ「グローバル化」への適応
日本の自信喪失が顕著である。あれほど天下無敵を誇った「日本システム」も今やくそみそに批判され、日本人はすっかり弱気になってしまったようだ。つい昔までの「ゴーマ(傲慢)ニズム」から一転して今や自虐的な「日本まったく駄目論」が蔓延っている。どちらが正しいかはともかく、この極端から極端への振れの大きさに現代日本人の弱さがあらわれているように思う。
背景に待ったなしの「グローバル化」への適応が人々に大きなストレスを引き起こしていることがある。しかし前例がないわけでもない。文明開化となれば何と言っても明治時代。その時代に日本の国際化の第一線に立ってグローバル化に直面した当時の第一級の人々の葛藤ぶりを見ることは現代日本人にとっても参考になるように思う。森鴎外、夏目漱石、永井荷風にそれを見てみたい。
この三人のうち一番早く欧米文化に触れたのは鴎外であった。陸軍省から明治17年にドイツに派遣された。日清戦争の始まる10年も前のことであり当時の日本は極東の全くの弱小国であった。鴎外はベルリンで華やかな社交と観劇に明け暮れる生活を送る。鴎外においては文化摩擦とかコンプレックスが不思議なほどに見られないのだ。もっともその後帰国して陸軍で出世するが、後を追いかけてきた(『舞姫』のモデルらしい)ドイツ婦人には「普請中なのだ」と言い訳のような言葉を述べる。鴎外にとって日本とはあくまでも「普請中」なのであり、だから葛藤もコンプレックスも何もなかったことがわかる。
ところが明治33年にロンドンに留学した漱石の時代になると状況は大いに異なった。日本は極東の強国としての地位を固めつつあった。どうしても漱石は自意識過剰となり西洋文化との適応に悩みに悩む。明治20年代に大幅円安が進行して漱石のロンドン生活は経済的に苦しかったこともある。「惨めなむく犬のような」生活ののち、ようやく「自己本位」という拠り所を見つけはするが、ほとんどノイローゼになってしまう。無礼を承知で言わせていただければ、あまりに肩に力が入っていたように思う。しかしさすがは漱石、「(日本人は)自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛のごとくせよ」と印象的な言葉を残しているのである。
興味深いのは永井荷風である。荷風が日本を離れるのは明治36年だが、荷風の場合に特徴的なことは、ほとんど完璧に西欧文明に適応するのであるが、逆に当時の日本の表面的な「近代化」に激しい嫌悪感を感じるようになったことである。遂に荷風は似非「近代化」には背を向けて江戸伝統文化への回帰を決意するのだ。この当時の安直な「近代化」がその後の日本を破滅に追い込んで行くことは荷風の直感通りであった。
いま自信喪失の時代において、われわれはこの三人の先達から学ぶところが多いように思う。われわれ平成の日本人は今、鴎外のように日本は所詮「普請中」と割り切ってもっと気楽になり、荷風がもっとも嫌った「背伸びした(似非)近代化」はつとめて避け、漱石が書いたように何を言われても「真面目に牛ごとく黙々と進む」べきなのである。
(橋本)
背景に待ったなしの「グローバル化」への適応が人々に大きなストレスを引き起こしていることがある。しかし前例がないわけでもない。文明開化となれば何と言っても明治時代。その時代に日本の国際化の第一線に立ってグローバル化に直面した当時の第一級の人々の葛藤ぶりを見ることは現代日本人にとっても参考になるように思う。森鴎外、夏目漱石、永井荷風にそれを見てみたい。
この三人のうち一番早く欧米文化に触れたのは鴎外であった。陸軍省から明治17年にドイツに派遣された。日清戦争の始まる10年も前のことであり当時の日本は極東の全くの弱小国であった。鴎外はベルリンで華やかな社交と観劇に明け暮れる生活を送る。鴎外においては文化摩擦とかコンプレックスが不思議なほどに見られないのだ。もっともその後帰国して陸軍で出世するが、後を追いかけてきた(『舞姫』のモデルらしい)ドイツ婦人には「普請中なのだ」と言い訳のような言葉を述べる。鴎外にとって日本とはあくまでも「普請中」なのであり、だから葛藤もコンプレックスも何もなかったことがわかる。
ところが明治33年にロンドンに留学した漱石の時代になると状況は大いに異なった。日本は極東の強国としての地位を固めつつあった。どうしても漱石は自意識過剰となり西洋文化との適応に悩みに悩む。明治20年代に大幅円安が進行して漱石のロンドン生活は経済的に苦しかったこともある。「惨めなむく犬のような」生活ののち、ようやく「自己本位」という拠り所を見つけはするが、ほとんどノイローゼになってしまう。無礼を承知で言わせていただければ、あまりに肩に力が入っていたように思う。しかしさすがは漱石、「(日本人は)自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛のごとくせよ」と印象的な言葉を残しているのである。
興味深いのは永井荷風である。荷風が日本を離れるのは明治36年だが、荷風の場合に特徴的なことは、ほとんど完璧に西欧文明に適応するのであるが、逆に当時の日本の表面的な「近代化」に激しい嫌悪感を感じるようになったことである。遂に荷風は似非「近代化」には背を向けて江戸伝統文化への回帰を決意するのだ。この当時の安直な「近代化」がその後の日本を破滅に追い込んで行くことは荷風の直感通りであった。
いま自信喪失の時代において、われわれはこの三人の先達から学ぶところが多いように思う。われわれ平成の日本人は今、鴎外のように日本は所詮「普請中」と割り切ってもっと気楽になり、荷風がもっとも嫌った「背伸びした(似非)近代化」はつとめて避け、漱石が書いたように何を言われても「真面目に牛ごとく黙々と進む」べきなのである。
(橋本)
1998年6月1日月曜日
日本は身の丈に応じた国際貢献を
「共産主義」という名の妖怪が欧州を彷徨したのは19世紀のことだが、20世紀も終わりを迎えた現在、「市場主義」という名の荒ぶる神が、アジアを暴れまわっている。この巨大な力は、たとえ何十年続いた政権ですら簡単に押し潰してしまう。発展途上にあるアジア各国の経済などは、まるで木の葉のように翻弄されている。はたしてアジアは現在の苦境を克服することが出来るのか。そのためにわが国は何を為すべきか。
日本の役割といえば、常識的ではあるが、内需を増大させ、アジアの輸出の吸収者の役割を引き受けることだといわれる。どうやって内需を増大させ、それを輸入の増大に結びつけるか、様々の理由から、これは言うべくしてなかなか難しい。アジア輸出の市場としての日本の役割も、相当制限されることにならざるを得ないように思う。
最近東京で開かれた国際シンポジウムで、香港からの参加者がいみじくもこの点を指摘した。日本は「アジアへの貢献、貢献と、出来もしないことをいうより、自分自身がアジア経済の足を引っ張ることのないようにしたらどうか」と喝破したのだ。
あまりにも消極的な国際貢献だが理屈に合っている。ネガティブな行動をとらないことこそが国際貢献となる例は多い。中国の人民元は、購買力平価の5分の1程度の水準で中国の輸出ドライブの原動力だ。本来なら各国から人民元の「切り上げ」要求が出てしかるべきだが、現実には単に「人民元を切り下げない」だけのことで、立派に中国は世界に貢献していると評価されているのである。
日本も先進国サミットなどで「日本経済は大丈夫だ、内需拡大は可能だ」と空元気を見せるのではなく、現在日本が直面している窮状を素直に説明し、経済を深刻なデフレ・スパイラルに陥らせないことこそ日本が出来る国際貢献だと実情を知らせるべきではないか。
日本は現在、過剰設備の調整という大きな問題を抱えている。この問題(資本係数の上昇)は、前川レポートで内需拡大が叫ばれた1986年あたりから急に顕著になってきたものだ。この前川レポートを楯に大幅な内需拡大を求める外圧に応え、際限なく金融を緩和させたことが、過大な設備投資につながり、設備バブルを産み出したとも言える。この解消は短期間ではなかなか難しい。
でも、ものは考えようだ。ハーマン・カーンが「21世紀には日本が米国を抜く」と書いたのは1960年代の終わりだった。当時、当社のさる役員は若い社員を前にこう言ったものだ。「来世紀には日本人はアメリカ人より豊かになるとのことだが、私は年寄りであり最早そんな世界を生きて経験することは出来ない。若い君たちは21世紀まで生きることが出来る。実にうらやましい」と。ところが現実には円高が進み、1987年には早くも日本は1人当たりGDPでアメリカを抜くことになった。ちょっと早すぎたのだ。
もちろんこれは名目金額での話であり、購買力で考えれば日本の1人当たりの購買力は米国の7割程度に過ぎなかった。しかし徐々に改善が進んでおり、今や8割程度までに追いついている。低成長が続いても日本経済のキャッチアップは着実に進行しているのだ。
(橋本)
日本の役割といえば、常識的ではあるが、内需を増大させ、アジアの輸出の吸収者の役割を引き受けることだといわれる。どうやって内需を増大させ、それを輸入の増大に結びつけるか、様々の理由から、これは言うべくしてなかなか難しい。アジア輸出の市場としての日本の役割も、相当制限されることにならざるを得ないように思う。
最近東京で開かれた国際シンポジウムで、香港からの参加者がいみじくもこの点を指摘した。日本は「アジアへの貢献、貢献と、出来もしないことをいうより、自分自身がアジア経済の足を引っ張ることのないようにしたらどうか」と喝破したのだ。
あまりにも消極的な国際貢献だが理屈に合っている。ネガティブな行動をとらないことこそが国際貢献となる例は多い。中国の人民元は、購買力平価の5分の1程度の水準で中国の輸出ドライブの原動力だ。本来なら各国から人民元の「切り上げ」要求が出てしかるべきだが、現実には単に「人民元を切り下げない」だけのことで、立派に中国は世界に貢献していると評価されているのである。
日本も先進国サミットなどで「日本経済は大丈夫だ、内需拡大は可能だ」と空元気を見せるのではなく、現在日本が直面している窮状を素直に説明し、経済を深刻なデフレ・スパイラルに陥らせないことこそ日本が出来る国際貢献だと実情を知らせるべきではないか。
日本は現在、過剰設備の調整という大きな問題を抱えている。この問題(資本係数の上昇)は、前川レポートで内需拡大が叫ばれた1986年あたりから急に顕著になってきたものだ。この前川レポートを楯に大幅な内需拡大を求める外圧に応え、際限なく金融を緩和させたことが、過大な設備投資につながり、設備バブルを産み出したとも言える。この解消は短期間ではなかなか難しい。
でも、ものは考えようだ。ハーマン・カーンが「21世紀には日本が米国を抜く」と書いたのは1960年代の終わりだった。当時、当社のさる役員は若い社員を前にこう言ったものだ。「来世紀には日本人はアメリカ人より豊かになるとのことだが、私は年寄りであり最早そんな世界を生きて経験することは出来ない。若い君たちは21世紀まで生きることが出来る。実にうらやましい」と。ところが現実には円高が進み、1987年には早くも日本は1人当たりGDPでアメリカを抜くことになった。ちょっと早すぎたのだ。
もちろんこれは名目金額での話であり、購買力で考えれば日本の1人当たりの購買力は米国の7割程度に過ぎなかった。しかし徐々に改善が進んでおり、今や8割程度までに追いついている。低成長が続いても日本経済のキャッチアップは着実に進行しているのだ。
(橋本)
1998年5月6日水曜日
個人消費の低迷と老後の不安
今年のゴールデンウィーク中の築地市場の売上はまずまずであったとのことだ。例年この期間は、多くの人が東京を離れるので、都内の青果の需要は大幅に落ち込むのが通例である。しかし今年は不況で休みを自宅で過ごした人が多く、築地の売上は落ち込むことはなかったらしい。消費者マインドの悪化もいよいよここまで来たかとの感を深くする。
小売り関係者によると最近の消費者の堅実化ぶりはたいへんなもので、特に中高年層の節約ぶりは徹底しているとのことである。この要因はいろいろあろうが、やはり不透明な将来への不安、具体的には老後不安の増大が大きいように思う。
この背景には伝統的な社会制度が崩れつつあることがある。昔は長男が親と同居して親の面倒を見ることが当然と考えられたが、時代は変わった。一方で、それを補うはずの公的年金制度も維持できなくなりつつある。中高年は、否が応でも倹約して、自分の老後は自分で面倒を見ざるを得ないのである。
さらに介護サービスの問題がある。一般的に豊かな社会においては、サービスの価格は財の価格に較べ相対的に上昇するから、将来日本人の平均収入が増えるとすると、介護サービス価格もそれに応じて上昇することになる。高齢者の将来収入は引退時点での資産残高で規定され将来ともにほぼ一定であるので、社会が豊かになればなるほど高齢者は介護サービスを購入することが困難になるという、逆説的なシナリオが成り立つのだ。
もちろん年金制度などをいじくって制度面で対応を考えることも可能だが、財政支出の増大につながる。どうしても老人介護のサービス価格を、財政支援を通じてではなく、直接的に低減させる方法を考えねばならない。
この問題への根本的な解決方法として、老人介護における外国人看護人の就労規制を緩和する方法がある。外国人というと拒絶反応があるが、日本の人口に占める外国人の人口比率はまだまだ小さい。宗教問題もない。
将来日本の高齢者人口比率が25%となり、そのうち10人に一人が寝たっきりとなったとしても300万人である。100万人程度の外国人看護人がおれば、すべての寝たっきり老人の介護が可能になる。現在の日本の外国人比率を1%押し上げる程度の変化である。それだけで、我々は安心して長生きが出来るようになるのだ。
来ていただいた外国人看護人には誠意を持って報恩するべきである。フランスの外人部隊の隊員には、5年の契約期間が終わった段階でフランス国籍が認められる。「フランスのため血を流した人間はフランス人だ」という理屈だ。お年寄りのお世話を一定期間やってくれた外国人看護人には、日本の国籍や市民権を進呈すべきだろう。それこそ「日本のお年寄りの面倒をみてくれた若者は、出身地がどこであれ立派な日本人」なのである。いろんな出身地の若者が増えることで、社会も多様化し、ずっと楽しくなるだろう。将来の不安が低減されるので、中高年層も安心してお金を使うようになる。
総花的な景気対策ではなく、このような具体的で人々に元気を出させる政策が、もっともっと考えられてしかるべきではないか。
(橋本)
小売り関係者によると最近の消費者の堅実化ぶりはたいへんなもので、特に中高年層の節約ぶりは徹底しているとのことである。この要因はいろいろあろうが、やはり不透明な将来への不安、具体的には老後不安の増大が大きいように思う。
この背景には伝統的な社会制度が崩れつつあることがある。昔は長男が親と同居して親の面倒を見ることが当然と考えられたが、時代は変わった。一方で、それを補うはずの公的年金制度も維持できなくなりつつある。中高年は、否が応でも倹約して、自分の老後は自分で面倒を見ざるを得ないのである。
さらに介護サービスの問題がある。一般的に豊かな社会においては、サービスの価格は財の価格に較べ相対的に上昇するから、将来日本人の平均収入が増えるとすると、介護サービス価格もそれに応じて上昇することになる。高齢者の将来収入は引退時点での資産残高で規定され将来ともにほぼ一定であるので、社会が豊かになればなるほど高齢者は介護サービスを購入することが困難になるという、逆説的なシナリオが成り立つのだ。
もちろん年金制度などをいじくって制度面で対応を考えることも可能だが、財政支出の増大につながる。どうしても老人介護のサービス価格を、財政支援を通じてではなく、直接的に低減させる方法を考えねばならない。
この問題への根本的な解決方法として、老人介護における外国人看護人の就労規制を緩和する方法がある。外国人というと拒絶反応があるが、日本の人口に占める外国人の人口比率はまだまだ小さい。宗教問題もない。
将来日本の高齢者人口比率が25%となり、そのうち10人に一人が寝たっきりとなったとしても300万人である。100万人程度の外国人看護人がおれば、すべての寝たっきり老人の介護が可能になる。現在の日本の外国人比率を1%押し上げる程度の変化である。それだけで、我々は安心して長生きが出来るようになるのだ。
来ていただいた外国人看護人には誠意を持って報恩するべきである。フランスの外人部隊の隊員には、5年の契約期間が終わった段階でフランス国籍が認められる。「フランスのため血を流した人間はフランス人だ」という理屈だ。お年寄りのお世話を一定期間やってくれた外国人看護人には、日本の国籍や市民権を進呈すべきだろう。それこそ「日本のお年寄りの面倒をみてくれた若者は、出身地がどこであれ立派な日本人」なのである。いろんな出身地の若者が増えることで、社会も多様化し、ずっと楽しくなるだろう。将来の不安が低減されるので、中高年層も安心してお金を使うようになる。
総花的な景気対策ではなく、このような具体的で人々に元気を出させる政策が、もっともっと考えられてしかるべきではないか。
(橋本)
1998年4月2日木曜日
資本ストックの調整が景気回復の鍵に
たしかに最近の景気は惨憺たるものだが、不況脱出のために何をすればよいのか、なぜかなかなかコンセンサスが出来上がらない。網羅的な「総合経済政策」は何度も立案されるのだが、あまり評価されず、皮肉にも政治家がそれを云々する度に逆に株価が下がる。
分析が足らないわけではない。日本経済についてはすでに膨大な分析がなされており、多くの問題点が指摘されている。バブルの崩壊が資産デフレをもたらし、それが金融システムの破綻につながったこと、背景には日本経済の規制体質があり、それから脱却しグローバルスタンダードに対応するためには規制緩和と競争原理の導入が必要である云々。一々もっともであるが、それらの問題意識に基づいた経済の体質改善を狙う「政治的に正しい」構造政策は、インフルエンザの患者に漢方薬を処方するのに似て(理屈では正しい処方であるとしても)、患者はなかなか楽にならない。むしろ患部に直接きく「対症療法」のほうが望まれている。
いま実体経済が直面する問題とはデフレギャップである。需要が少なすぎるのだが、むしろ供給が需要に比べて多すぎる、すなわち設備過剰問題だと考えればよい。
これは米国経済と比較してみるとよくわかる。日本の設備投資比率(民間設備投資/GDP)はおおむね15~20%、一方米国は10%程度にすぎない。また日本の資本係数(民間設備ストック/GDP)は1.2であるが、米国は1.1であり日本は米国に比べ約10%大きい。この過剰設備が、バブル崩壊にともなう期待成長率の低下を契機に一挙に表面化し、アジアにおける過剰投資も加わり、日本経済に大きなデフレ圧力をもたらし、さまざまな歪みとなって現れているのだ。
よって景気対策の基本は、あくまでも需要の拡大と供給の削減にあるべきである。ただ需要を拡大させる場合でもそれが供給の拡大に結び付かないように注意しなければならない。つまり設備投資比率が変わらないとすると、総需要の拡大政策が採られても、必ずその一定割合が民間設備投資にまわり、それが供給力を拡大させ、逆にデフレギャップが広がってしまうこともありうる。また競争を通じての過剰設備の解消を狙うにせよ、過去に過当競争が常に過剰設備問題をもたらしてきた事実や、敗者をなかなか決定させない日本の社会風土を考えると、競争が結果的に経済全体の供給力を増加させる可能性があることも留意すべきだろう。
そう考えると需要の創出よりも供給の削減、過剰設備の除却がむしろ効果的かもしれない。いま民間企業が進めている「経営資源の戦略的配分」とはこの動きに他ならない。これをもっと広く国民経済ベースで進めなければならない。必要なのは経済のノンコア部分を勇気を持って整理する政治の指導力である。
ともあれ、日本の資本係数を米国並にするには、全体で資本ストックを50兆円程度減らす必要がある。それを5年で調整するとすれば、毎年10兆円づつ設備投資を抑えることになる。こうなると景気の早期回復は難しいと考えざるを得ない。でもその間を堪え忍び、スリム化に本当に成功すれば、21世紀の日本経済は再び天下無敵となるだろう。
(橋本)
分析が足らないわけではない。日本経済についてはすでに膨大な分析がなされており、多くの問題点が指摘されている。バブルの崩壊が資産デフレをもたらし、それが金融システムの破綻につながったこと、背景には日本経済の規制体質があり、それから脱却しグローバルスタンダードに対応するためには規制緩和と競争原理の導入が必要である云々。一々もっともであるが、それらの問題意識に基づいた経済の体質改善を狙う「政治的に正しい」構造政策は、インフルエンザの患者に漢方薬を処方するのに似て(理屈では正しい処方であるとしても)、患者はなかなか楽にならない。むしろ患部に直接きく「対症療法」のほうが望まれている。
いま実体経済が直面する問題とはデフレギャップである。需要が少なすぎるのだが、むしろ供給が需要に比べて多すぎる、すなわち設備過剰問題だと考えればよい。
これは米国経済と比較してみるとよくわかる。日本の設備投資比率(民間設備投資/GDP)はおおむね15~20%、一方米国は10%程度にすぎない。また日本の資本係数(民間設備ストック/GDP)は1.2であるが、米国は1.1であり日本は米国に比べ約10%大きい。この過剰設備が、バブル崩壊にともなう期待成長率の低下を契機に一挙に表面化し、アジアにおける過剰投資も加わり、日本経済に大きなデフレ圧力をもたらし、さまざまな歪みとなって現れているのだ。
よって景気対策の基本は、あくまでも需要の拡大と供給の削減にあるべきである。ただ需要を拡大させる場合でもそれが供給の拡大に結び付かないように注意しなければならない。つまり設備投資比率が変わらないとすると、総需要の拡大政策が採られても、必ずその一定割合が民間設備投資にまわり、それが供給力を拡大させ、逆にデフレギャップが広がってしまうこともありうる。また競争を通じての過剰設備の解消を狙うにせよ、過去に過当競争が常に過剰設備問題をもたらしてきた事実や、敗者をなかなか決定させない日本の社会風土を考えると、競争が結果的に経済全体の供給力を増加させる可能性があることも留意すべきだろう。
そう考えると需要の創出よりも供給の削減、過剰設備の除却がむしろ効果的かもしれない。いま民間企業が進めている「経営資源の戦略的配分」とはこの動きに他ならない。これをもっと広く国民経済ベースで進めなければならない。必要なのは経済のノンコア部分を勇気を持って整理する政治の指導力である。
ともあれ、日本の資本係数を米国並にするには、全体で資本ストックを50兆円程度減らす必要がある。それを5年で調整するとすれば、毎年10兆円づつ設備投資を抑えることになる。こうなると景気の早期回復は難しいと考えざるを得ない。でもその間を堪え忍び、スリム化に本当に成功すれば、21世紀の日本経済は再び天下無敵となるだろう。
(橋本)
1998年3月1日日曜日
日仏「アダルト・チルドレン」事情とリフレ政策
いきなり私事で恐縮だが、私の家内はフランスで68年5月学生革命のころに青春を過ごした世代に属し、あれで昔はなかなか元気がよかった。今はすっかりいいおばさんになって、日本とフランスを往復する生活を送っているが、時として時代の風潮に義憤をあらわにすることもある。欧州でいつまでたっても親離れできない、いわゆる「アダルト・チルドレン」が急速に増加している現象は、実に問題であるという。
フランスでは30歳になっても親離れができず両親の家にとどまって一緒に生活している子供が5人に1人の割合で存在するとのことだ。われわれの知り合いの家庭でも例にもれず、息子がまだ親離れできず両親の家の子供部屋に暮らしている。最近は実に自分の「パートナー」までそこに呼び込んで生活し始めたとのこと。親の価値観に反発し、一刻も早い自立を目指したわれわれ旧世代の人間は、こんな話を聞いて、ただもう驚くばかりである。
背景にあるものはヨーロッパの深刻な失業問題である。特に若年層が苦しく、若者の4人に1人は大学を卒業しても職を見つけることができない。この構造的な問題が若者の生活姿勢を、極度にうち向きで消極的なものに変化させ、それが社会全体の保守化傾向につながってきている。失業問題が、単なる経済的な問題にとどまらず、社会全体の価値観をもむしばんでいるのである。
この現象は日本にとって決して対岸の火事ではない。日本においても親離れできない子供が増えてきているように思う。現にわが家のお向かいでは、子供がいつまでたっても巣立たないので、逆に親のほうが家を出て田舎に引っ越してしまった。日本の場合は背景に土地問題がある。まじめに働いても若いうちはなかなか自分の住宅を保有できないのだ。「二世代住宅」というへんなものも今やすっかり一般的になった。
フランスでは雇用が少数の就業者で独占され、既得権化していることが失業を生みだし、結果として「アダルト・チルドレン」を生み出した。日本の場合は、土地が少数の所有者(地主)で保有され、既得権化していることが地価を押し上げ、結果としてフランスと同じく「アダルト・チルドレン」を生み出している。やや強引だが、両国ともに「既得権」が親離れしない子供を生みだし、ベンチャー精神を窒息させ、技術革新も停滞させ、社会の保守化をもたらしているともいえる。「風が吹けば桶屋が儲かる」のたぐいの議論に似ているが「遠からず」だろう。
日本経済は、来世紀にかけて当分低成長が続くものと予想されている。少子化の傾向がこれにさらに拍車をかける。昨今、低成長はやむを得ない、その中で将来を考えねばならないとの議論が目立つようになったが、経済の停滞が社会の価値観の分野にまで影響を及ぼすようになってくると、やはり看過できない。無理をしてでも成長率の嵩上げが必要である。具体的には少々のインフレを容認してでも景気を刺激するリフレ政策をとらねばならないだろう。国債発行は子孫に負担を先送りするというが、「アダルト・チルドレン」は、少しは苦労させた方がよい。
(橋本)
フランスでは30歳になっても親離れができず両親の家にとどまって一緒に生活している子供が5人に1人の割合で存在するとのことだ。われわれの知り合いの家庭でも例にもれず、息子がまだ親離れできず両親の家の子供部屋に暮らしている。最近は実に自分の「パートナー」までそこに呼び込んで生活し始めたとのこと。親の価値観に反発し、一刻も早い自立を目指したわれわれ旧世代の人間は、こんな話を聞いて、ただもう驚くばかりである。
背景にあるものはヨーロッパの深刻な失業問題である。特に若年層が苦しく、若者の4人に1人は大学を卒業しても職を見つけることができない。この構造的な問題が若者の生活姿勢を、極度にうち向きで消極的なものに変化させ、それが社会全体の保守化傾向につながってきている。失業問題が、単なる経済的な問題にとどまらず、社会全体の価値観をもむしばんでいるのである。
この現象は日本にとって決して対岸の火事ではない。日本においても親離れできない子供が増えてきているように思う。現にわが家のお向かいでは、子供がいつまでたっても巣立たないので、逆に親のほうが家を出て田舎に引っ越してしまった。日本の場合は背景に土地問題がある。まじめに働いても若いうちはなかなか自分の住宅を保有できないのだ。「二世代住宅」というへんなものも今やすっかり一般的になった。
フランスでは雇用が少数の就業者で独占され、既得権化していることが失業を生みだし、結果として「アダルト・チルドレン」を生み出した。日本の場合は、土地が少数の所有者(地主)で保有され、既得権化していることが地価を押し上げ、結果としてフランスと同じく「アダルト・チルドレン」を生み出している。やや強引だが、両国ともに「既得権」が親離れしない子供を生みだし、ベンチャー精神を窒息させ、技術革新も停滞させ、社会の保守化をもたらしているともいえる。「風が吹けば桶屋が儲かる」のたぐいの議論に似ているが「遠からず」だろう。
日本経済は、来世紀にかけて当分低成長が続くものと予想されている。少子化の傾向がこれにさらに拍車をかける。昨今、低成長はやむを得ない、その中で将来を考えねばならないとの議論が目立つようになったが、経済の停滞が社会の価値観の分野にまで影響を及ぼすようになってくると、やはり看過できない。無理をしてでも成長率の嵩上げが必要である。具体的には少々のインフレを容認してでも景気を刺激するリフレ政策をとらねばならないだろう。国債発行は子孫に負担を先送りするというが、「アダルト・チルドレン」は、少しは苦労させた方がよい。
(橋本)
1998年2月2日月曜日
通貨の急落にも拘わらず低迷するアジアの輸出
奇妙な事実がある。通貨の急落で大幅に輸出競争力が付いたはずのアジア各国の輸出がほとんど伸びていないのである。
インドネシアでは現地通貨ルピアが80%も下落して輸出が断然有利になったにもかかわらず、逆に輸出伸び率は昨年より鈍化している。マレーシアの輸出も最近は前年比マイナスが続いている。タイでも韓国でもほとんど横這いだ。通貨の大幅切り下げからすでに半年近くが経過したが、いまだに輸出にドライブがかからないのである。
つい最近までアジアから先進国への輸出の急増が保護主義につながりかねないと懸念されていたことを考えるとまるでうそのようだ。しかしこの事実にアジア経済の本質的な問題点がみえるように思う。
なぜ輸出が伸びないのか、いくつかの原因が考えられる。まずJカーブ効果がある。また伝統的な輸出産品の原材料品などは価格弾性値が低く安くなったからといって急に需要がでるものでもない。深刻な資金不足も問題だ。輸入部品や原材料価格は通貨切り下げで急上昇しているがL/Cをなかなか開くことができない。現地の付加価値ポーションが小さいので通貨を切り下げによる価格競争力の増加も部分的だ。
でももっと基本的な問題として、現地側に「輸出か、さもなくば死か」というような強烈な輸出姿勢がそれほど感じられないような気がするがどうであろうか。アジアからの輸出促進ミッションが頻繁に日本を訪れているとは聞かない。
多くのトランスプラントでは基本的に現地需要を対象としてライン設計がなされており、現地市場が崩壊したからといって簡単に先進国向け製品の生産に切り替えできないという事情があるという。
しかし1985年以降の円高進行のときは、日本企業は大挙して東南アジアに進出し、資本、技術、工場ばかりでなく、国内販売ネットワークに加え、輸出先などの海外ネットワークも現地に持ち込み、ゼロから必死で「アジアの奇跡」を実現させた。それが1995年春以降の円安基調への転換で、日本企業にはアジア現地工場からの輸出にそれほど強いインセンティブが働かなくなった。とたんにアジア各国で軒並み輸出の鈍化がはじまった。そろそろ「アジア発」の輸出努力があってもよいのではないか。
もちろん日本市場が冷え切っていることもある。昨年の日本のアジアからの輸入は数量ベースで前年比0・8%の増加にとどまった。特に下半期の各月は前年比マイナスが続いている。そこで「日本責任論」が出てくる。
しかしアジア経済の奇跡とその反動は、歴史的に円ドル相場に大きく影響されたことを考えると、そうとばかりはいえない。円ドル相場はひとえにアメリカの通商・金融政策に因るところが大きいからである。アジアは日米両国の貿易摩擦の受益者でもあり被害者でもあった。グローバル経済のなかでの犯人探しは決して生産的ではない。
いま重要なことはグローバルに、マクロ、ミクロ両面から、危機脱出のためのきめ細かい対策をひとつずつ組み上げていくことだろう。とくに民間ビジネスが果たす役割が大きく、そのための貿易保険、輸出入金融など、ビジネス環境の整備を求めたい。
(橋本)
インドネシアでは現地通貨ルピアが80%も下落して輸出が断然有利になったにもかかわらず、逆に輸出伸び率は昨年より鈍化している。マレーシアの輸出も最近は前年比マイナスが続いている。タイでも韓国でもほとんど横這いだ。通貨の大幅切り下げからすでに半年近くが経過したが、いまだに輸出にドライブがかからないのである。
つい最近までアジアから先進国への輸出の急増が保護主義につながりかねないと懸念されていたことを考えるとまるでうそのようだ。しかしこの事実にアジア経済の本質的な問題点がみえるように思う。
なぜ輸出が伸びないのか、いくつかの原因が考えられる。まずJカーブ効果がある。また伝統的な輸出産品の原材料品などは価格弾性値が低く安くなったからといって急に需要がでるものでもない。深刻な資金不足も問題だ。輸入部品や原材料価格は通貨切り下げで急上昇しているがL/Cをなかなか開くことができない。現地の付加価値ポーションが小さいので通貨を切り下げによる価格競争力の増加も部分的だ。
でももっと基本的な問題として、現地側に「輸出か、さもなくば死か」というような強烈な輸出姿勢がそれほど感じられないような気がするがどうであろうか。アジアからの輸出促進ミッションが頻繁に日本を訪れているとは聞かない。
多くのトランスプラントでは基本的に現地需要を対象としてライン設計がなされており、現地市場が崩壊したからといって簡単に先進国向け製品の生産に切り替えできないという事情があるという。
しかし1985年以降の円高進行のときは、日本企業は大挙して東南アジアに進出し、資本、技術、工場ばかりでなく、国内販売ネットワークに加え、輸出先などの海外ネットワークも現地に持ち込み、ゼロから必死で「アジアの奇跡」を実現させた。それが1995年春以降の円安基調への転換で、日本企業にはアジア現地工場からの輸出にそれほど強いインセンティブが働かなくなった。とたんにアジア各国で軒並み輸出の鈍化がはじまった。そろそろ「アジア発」の輸出努力があってもよいのではないか。
もちろん日本市場が冷え切っていることもある。昨年の日本のアジアからの輸入は数量ベースで前年比0・8%の増加にとどまった。特に下半期の各月は前年比マイナスが続いている。そこで「日本責任論」が出てくる。
しかしアジア経済の奇跡とその反動は、歴史的に円ドル相場に大きく影響されたことを考えると、そうとばかりはいえない。円ドル相場はひとえにアメリカの通商・金融政策に因るところが大きいからである。アジアは日米両国の貿易摩擦の受益者でもあり被害者でもあった。グローバル経済のなかでの犯人探しは決して生産的ではない。
いま重要なことはグローバルに、マクロ、ミクロ両面から、危機脱出のためのきめ細かい対策をひとつずつ組み上げていくことだろう。とくに民間ビジネスが果たす役割が大きく、そのための貿易保険、輸出入金融など、ビジネス環境の整備を求めたい。
(橋本)
1998年1月5日月曜日
不況下の日本経済は各論で乗り切ろう
今さらでもないが、今回の不況は本格的だ。社内営業部門に聞いても、ほとんどの業界で不況感が急速に強まってきている。しかし不況とは平均値の議論であり、細かく見ればまだまだ良いところも散在していることも事実である。
例えば、全体的に良くない半導体業界の中で技術力と先見性で一人勝ちしているメーカーも存在する。紙パルプ業界はよくなく、ティッシュペーパーなどを作っているメーカーはたいへんであるが、祝儀袋用などの和紙専業メーカーではきわめて高収益を享受しているところもある。かつては不況の代表業種であった造船業界だが、強い造船メーカーの船台は2000年までの受注で満杯である。不況感の強い不動産業界でも都心を中心に保有ビルの空室率がゼロという貸しビル業者もいる。
景気が悪いとか良いとか言うのはあくまでもマクロの議論である。業界をミクロベースで細かく見ると、まだまだ「まだら模様」なのだ。日本経済はいまや全体としての右肩上がり成長が期待できる状況にはない。そのなかで各営業部隊は懸命に、残っている「よい部分」を見つけだし、それをビジネスの種にしているのである。
常に柔軟に、時代の変化を先取りし、守備範囲と攻撃目標を柔軟にシフトさせるのは総合商社ならではの対応である。こういった分野が存在する限り、日本経済の将来はいわれているほどグルーミーでもないように思う。
もっとも気になる点もないわけでもない。グローバル化の大波の中で、どういった産業部門が「勝者」になっているのかと見れば、生産性とか国際性とかとは必ずしも関係がないようなのである。
例えば石油業界だが、特石法の導入で、国際的に見て著しく生産性が劣る小規模のガソリンスタンドを中心に流通経路の合理化と淘汰が進むものと考えられていた。しかしふたを開けてみると、自由化でガソリン価格が大きく下がる中で、零細スタンドはしぶとく頑張っている。逆に近代的な設備を保有して、一見ずいぶん国際的な石油元売り各社の方が、ガソリンを買い叩かれて、経営がしんどくなっているのである。
ガソリンスタンドなどの地域密着型の流通業界は、零細な家族経営が多く、労働生産性では確かに劣るものの、最後は家族の食費を削ってでも戦いうるという、恥も外聞もない抗戦力がある。最終消費者を握っていることも強みだ。また外国企業が代替できる分野でもない。よってなかなか負けないのである。
これはいくつかの面で示唆的であるように思う。つまり、わが国においては、グローバル化の大波の中で、産業の淘汰が進む部分は、必ずしも最も非効率的な部分とは限らない、ということである。農業や、コストが高くて数が多すぎるといわれる土建業についても同じことがいえる。いくつか行き詰まりも報じられるが、ほとんどが会社更生法の適用であり(自主廃業ではないので)業界全体ではなかなかスリム化が進まない。一方で大きな金融機関は簡単に破綻する。経済的な比較優位よりも、社会的、生物的な持久力が最後はものをいうのだ。
これは合理的な傾向であるとは思えない。社会構造的な改革も同時に進めないと日本経済は全体としての競争力を失うように思われる。
(橋本)
例えば、全体的に良くない半導体業界の中で技術力と先見性で一人勝ちしているメーカーも存在する。紙パルプ業界はよくなく、ティッシュペーパーなどを作っているメーカーはたいへんであるが、祝儀袋用などの和紙専業メーカーではきわめて高収益を享受しているところもある。かつては不況の代表業種であった造船業界だが、強い造船メーカーの船台は2000年までの受注で満杯である。不況感の強い不動産業界でも都心を中心に保有ビルの空室率がゼロという貸しビル業者もいる。
景気が悪いとか良いとか言うのはあくまでもマクロの議論である。業界をミクロベースで細かく見ると、まだまだ「まだら模様」なのだ。日本経済はいまや全体としての右肩上がり成長が期待できる状況にはない。そのなかで各営業部隊は懸命に、残っている「よい部分」を見つけだし、それをビジネスの種にしているのである。
常に柔軟に、時代の変化を先取りし、守備範囲と攻撃目標を柔軟にシフトさせるのは総合商社ならではの対応である。こういった分野が存在する限り、日本経済の将来はいわれているほどグルーミーでもないように思う。
もっとも気になる点もないわけでもない。グローバル化の大波の中で、どういった産業部門が「勝者」になっているのかと見れば、生産性とか国際性とかとは必ずしも関係がないようなのである。
例えば石油業界だが、特石法の導入で、国際的に見て著しく生産性が劣る小規模のガソリンスタンドを中心に流通経路の合理化と淘汰が進むものと考えられていた。しかしふたを開けてみると、自由化でガソリン価格が大きく下がる中で、零細スタンドはしぶとく頑張っている。逆に近代的な設備を保有して、一見ずいぶん国際的な石油元売り各社の方が、ガソリンを買い叩かれて、経営がしんどくなっているのである。
ガソリンスタンドなどの地域密着型の流通業界は、零細な家族経営が多く、労働生産性では確かに劣るものの、最後は家族の食費を削ってでも戦いうるという、恥も外聞もない抗戦力がある。最終消費者を握っていることも強みだ。また外国企業が代替できる分野でもない。よってなかなか負けないのである。
これはいくつかの面で示唆的であるように思う。つまり、わが国においては、グローバル化の大波の中で、産業の淘汰が進む部分は、必ずしも最も非効率的な部分とは限らない、ということである。農業や、コストが高くて数が多すぎるといわれる土建業についても同じことがいえる。いくつか行き詰まりも報じられるが、ほとんどが会社更生法の適用であり(自主廃業ではないので)業界全体ではなかなかスリム化が進まない。一方で大きな金融機関は簡単に破綻する。経済的な比較優位よりも、社会的、生物的な持久力が最後はものをいうのだ。
これは合理的な傾向であるとは思えない。社会構造的な改革も同時に進めないと日本経済は全体としての競争力を失うように思われる。
(橋本)
1997年12月27日土曜日
リーダーシップについての一考察
1998.12.27
1. はじめに
不透明な時代を反映してリーダーシップへの期待が高まっている。特に、このような閉塞感が強まっている時代であるから、在来型のリーダーではなく、積極果敢に変化の旋風を巻き起こす、西欧型のカリスマ豊かなリーダーを求める声が高くなっている。しかしリーダーシップとは、そのリーダーが指導する組織の形態や、その組織が所属する社会の文化風土によって自ずとそのあり方が異なってくる。現代の日本社会において、さらに総合商社という組織を想定し、求められるリーダーシップとはどのようなものか、考えてみたい。
2. 外的環境によって異なるリーダーの要件
A. 社会風土とリーダーシップ
1. さまざまな文明とリーダーシップ
リーダーシップといえば、古代エジプトのような絶対的権限を持った支配者が整備された官僚制度を通じて支配、命令し、偉大なピラミッドのような建設を行う社会におけるリーダーシップを想起する。支配者の絶対的な権力と官僚組織、被支配者の民度の低さが特徴である。文明が進歩するに連れてこのやり方では通用しなくなる。そこでいろんな工夫がなされる。
たとえば、求心力として「宗教」や「イデオロギー」を利用して全員を一つの方向に向けるやり方である。イスラム教、十字軍、新教旧教をめぐる宗教戦争など。近代では共産主義政権下のソビエト。オーム真理教。一向一揆。ドグマが重視される一神教の社会である。特徴的なことは、当たり前であるが、はじめにドグマがあること。組織の構成員はそのイデオロギーを信じた上で組織構成員となっており、組織の目標は、そのイデオロギーそのものであること。また、その宗教的熱狂は、それほど長くは続かないことなどが欠点である。
徐々に文明が成熟し、社会の民主化が進んでくると、いろんな意見を持つ人が出現してくるので、社会は多様化してくる。その多様な人々を一つの方向に向かわせることは、もともと難しいし、多くの場合その必要性もない。しかし戦争勃発などの非常の事態には、全員が言葉で議論して方向性を確認することが必要になる(ギリシャ雄弁術の伝統)。ローマ時代には、非常時には「独裁官」を民主的に選ぶということもなされたし、外征する将軍には「絶対権限」が与えられた。ギリシャ、ローマ時代の共和制における軍隊は、いずれも「歩兵が強かった」ことに特徴がある(ギリシャの重装歩兵、ローマの亀甲軍団)。納得した上での出征であり、モラルが高かったということである。
「民主主義は怒りで戦う(デモークラシー・ファイツ・イン・アンガー)」。民主主義の軍隊は、戦争の初期にこそ弱いが、いったん本気になると絶対主義諸国の軍隊よりもはるかに強いとされている。20世紀の戦争が、社会全体を巻き込んだ総力戦の様相を呈するようになり、なかなか決着が付かないようになったのも、社会が総じて民主化されたため、どちらもなかなか負けなくなったからだ、といえる。
現代西欧社会では数々のすぐれたリーダーを生んだが、この背景には、ギリシャ、ローマ時代に遡る「民主主義体制下における戦争」という長い経験があるのかも知れない。
1. アジアの社会風土の特異性
このような西欧社会に対して、アジアの社会は独特の性格を有している。「村社会」、あるいは「コンセンサス社会」ともいえる、寄り合いによる意思決定システムである。このような社会においては、強いリーダーシップが発揮されにくく、すぐれたリーダーが育ちにくい。現状維持には向いているが、大変革期には向かない。近世、アジアが欧米からの挑戦に破れ、次々と西欧の植民地化されていったのも、この辺に原因があるのかも知れない。
またアジアには「多神教の風土」根付いている。「多神教」と「一神教」が戦うと、ほとんどの場合「一神教」が勝つ。
たとえば、新大陸に攻め込んだコルテス軍は、ただ神をひたすら信じて、数百の軍勢で数万のアステカ軍をせん滅した。プラッシーの戦いにおいては、インド軍は、十分な装備を有していたにもかかわらず、はるかに少人数のよく訓練されていたイギリス兵にさんざんにやられてしまった。
同じ理由で、現代の中国も「共産主義」と「ナショナリズム」が国を一つにまとめているから強国となっている。
2. 日本社会の特異性
ところが日本社会は、このアジア的性格と西欧的民主主義の伝統の二つを持っているので、一筋縄では行かない。日本社会に西欧的性格を与えたのは、鎌倉時代以降の封建主義であるとされる(川勝平太ほか)。
アジアには中央集権の絶対王制は根付いても、国王と封建諸侯の契約関係で成り立つ「封建主義」は、日本以外では成立しなかった。世界で封建主義が成熟したのは日本とヨーロッパでのみ。これが日本の近代社会への脱皮を容易にしたとされる。
基本的に農民であった鎌倉武士は、自分が開拓した農地を自分のものとするために公家勢力と必死で戦った(「一所懸命」)。ある意味では一つの価値観を全員が共有できたことが鎌倉幕府の強さだった。
同時に武士は、武家の頭領である頼朝を支えるかわりに頼朝は公家に対して武士の利益を代弁するという契約関係が基本に存在した。これが日本が近代社会へ発展するベースとなった。(主君に対して絶対的に服従するといういわゆる「武士道」は、江戸時代になってから考案されたもので、本来のものではない)
日露戦争までの日本軍の強さの秘密としての「奇兵隊」の伝統。奇兵隊は、農民で編成されたが、職業武士の軍団よりはるかに強かった。モラル。加えて「西洋に追いつきたい、追い越したい」とする強い願望があった。「文明開化」の旗印のもとに「大儀ある戦い」。「錦の御幡」。
しかし、日本には、伝統的に強いリーダーを好まない国民性がある。人気のあったリーダーも少なくないが、民衆に愛されたリーダーの大部分は悲劇的な最後を遂げたリーダーであったことは皮肉。義経、大石内蔵助、大塩平八郎、平将門など。
でも数百年に一度すごいリーダーが出現するのも日本である。源頼朝、大久保利通などは、卓越したリーダーで、日本人離れしている。でも両名とも、大衆の人気はない。
3. 国民性、社会風土は変わるか
このようなアジア的な「遅れた」社会を変えてゆかねばならないとの議論がある。しかし社会とか国民性は、簡単には変わらない。「百年河清を待つ」の類で、われわれにはそのような時間はない。
「アポロ計画」の例だが、急いで物事をやるときは、もっぱら手持ちの信頼できるリソーシスを最大限に活用して、新たな冒険を最小限にとどめ、客観条件を与件として考え、計画を進行させなければならない。
D. 組織の形態とリーダーシップ
1. 会社組織の三つの基本パターン
荒井伸也氏によると、会社組織には三つの基本パターンがあるという。
a. 製造会社型
大部分の製造メーカーがこれだが、会社の目的がはっきりしていて(たとえば「鉄を作る会社」とか)、その目的を達成するための分業を遂行するための組織。
組織は作業工程と同じであり、それぞれの部署の仕事が連動しあって、最終製品が出来上がる。それぞれの部署でやることは異なるが、すべての努力は一つの目的に集約されていく組織である。チームワークが重要。
すぐれた組織運営力がリーダーシップの基本となる。
b. 自動車販売会社型
「トヨタカローラ販売」といった会社組織である。全部の組織でやることは全部同じ(たとえば「車のセールス」)。カルチャーも全く同じ。
業績の拡大は、組織を並列的に拡大することと一人一人の戦闘能力を改善することで達成される。
「精神訓話型、朝礼型、マニュアル型」のリーダーシップが有効である場合が多い。
c. マスコミ、総合シンクタンク型
組織の構成メンバーと活動の多様性に特徴がある。皆がてんでバラバラにいろんな方向に動いているように見える。それぞれの価値観(カルチャー)さえ全く違う場合がある。ある部署で有効な教訓が別の部署では全く役に立たないことがある。でも完全にバラバラでコングロマリットかといえばそうでもない。一つにまとまっている。
そういう組織でのリーダーシップは難しい。統治しにくい。(日立、東芝などの総合電機メーカーでもそういう性格がある。だから日立のリストラが進まない。)
組織の構成と目的、その成果と評価が一本化されて明確になっている組織の場合、リーダーシップは、具体的なかたちで発揮されやすい(野球の監督、軍隊、製造工場など)。でもこのような多様性のある組織で、リーダーシップが具体性を持ちすぎる場合、むしろ現場現場の創意工夫を殺してしまう可能性もあるのである。
このように企業の形態によって求められるリーダーシップは異なる。総合商社は上記三つの企業の混合体といえるが、どちらかというと三つ目の「マスコミ、シンクタンク型」である。総合商社についてもう少し考える。
4. 総合商社におけるリーダーの条件
A. まず総合商社とは
総合商社におけるリーダーの条件を考える場合、総合商社とはどのような会社なのか、どのような将来像を持っているのかについて明らかにする必要がある。それ次第で必要とされるリーダーシップの性格が異なってくるように思われるからである。
1. 卸売業の位置づけ(商業は永遠なり)
総合商社の「トレード機能」について、将来トレードにはあまり期待できないと悲観的な見方が多いが、はたしてそうだろうか。商業、卸売業とはきわめて歴史のある産業である。近年、「大量生産、大量販売」が脚光を浴び、製造業者による流通支配が続いたため、商業に対する言われない劣等感が芽生えたように思える。実際には「大量生産、大量販売」の概念(フォーディズム)自体が時代遅れになりつつある。中間業者(商業)の役割が見直されつつある。
ただ大切なことは、「既得権としての商権」と卸売業の機能とは区別して考えねばならない。「既得権化した商権」はネガティブな性格を持っており、規制緩和と同じ考えでの望まねばならない。しかしそれは卸売業自体を否定するものではない。日本の農業が既得権化して生産性の向上が叫ばれてはいるが、農業自体を否定するものではないことと同じ。
2. 経営コンサルタント的な性格
総合商社は、卸売業者として、静的な意味での卸売業の役割に加え、動的(ダイナミック)に、時代のニーズに沿って新たな取引関係を開発し実現させていく機能がある。その中には投資活動も含まれる。投資銀行的な性格がある。これはロマンに満ちた芸術的な創作活動でもある。
もともと商社マンとは、個人プレーヤーであったのはこのような事情が背景にある。一人一人の商社マンが、「知恵者」として、業界の「経営コンサルタント」として、問題意識を持ち、改善の方向を提案し、説得し、創意工夫を持って活躍しなければならない。
「梁山泊、食客三千人」の世界である。
現場の各部門の創造性が大事になる。
C. その組織でリーダーシップとは
1. 共通の尺度で経営のプロが
このように多文化、多様性が錯綜している総合型企業においては、トップが個々の現場で、具体的に直接指揮することは不可能である。
また文化を強調する宗教的なリーダーシップも、社員が最初からその宗教を前提に入社してきたのでない以上、難しい。
やはり多様な現場で、みんなが納得できるものといえば経理データに近いものとなる。そのような「客観的メルクマール」(共通語)を探し、その共通の尺度で会社の進むべき方向性、理想を掲げ、ビジョンを提示し、目標設定と評価を実務的にマネージメントしてゆくこと。いわゆるアメリカ型の「経営のプロ」による経営が望ましい。
1. 先見性
それと「先見性」が非常に重要である。つまりリーダーは先が読めなければならない。先が読めて始めて組織の目標を設定することが出来る。その目標を継続的に組織として達成できるように、組織にその仕組みを「ビルトイン」することが重要である。
2. 自動操縦装置
かつての民青の指導者は「幾らリーダーが大声で突撃と怒鳴っても、声を聴いて突撃するのは廻りの数人だけだ、だからには日頃から全員の組織化(オルグ化)しておくことが大切」といったが、それと同じである。欧州の重電・エンジニアリング会社のABB(アセア・ブラウン・ボベリ)ではリストラ思考が組織にビルトインされているという。
「鼓腹撃壌」。古代中国で、皇帝がお忍びで市井を視察するに、一人の老人が穀物を食べて満腹し、腹鼓を打って踊りながら俺にとって皇帝や政治なんて関係ない(帝力いずくんぞ我に及ばん)」というのを聞いて、皇帝はこれなら国はよく治まっていると満足したという故事がある。このように意識されないリーダーシップというのが、平和で多様な東洋社会では望ましいのかも知れない。
3. ビジョンを「言葉」で示すこと
同時に組織の美しい将来像(夢)を社員に与えることが大切である。客観的尺度が無味乾燥な数字、経理データー中心にならざるを得ない以上、構成員のモラル向上のために、「錦の御幡」としての「夢」と「大儀」と「補足説明」が必要なのである。
全員に、思想を明確なかたちで伝えるということは、すなわち「言葉」が大切になってくるということである。
以上
1. はじめに
不透明な時代を反映してリーダーシップへの期待が高まっている。特に、このような閉塞感が強まっている時代であるから、在来型のリーダーではなく、積極果敢に変化の旋風を巻き起こす、西欧型のカリスマ豊かなリーダーを求める声が高くなっている。しかしリーダーシップとは、そのリーダーが指導する組織の形態や、その組織が所属する社会の文化風土によって自ずとそのあり方が異なってくる。現代の日本社会において、さらに総合商社という組織を想定し、求められるリーダーシップとはどのようなものか、考えてみたい。
2. 外的環境によって異なるリーダーの要件
A. 社会風土とリーダーシップ
1. さまざまな文明とリーダーシップ
リーダーシップといえば、古代エジプトのような絶対的権限を持った支配者が整備された官僚制度を通じて支配、命令し、偉大なピラミッドのような建設を行う社会におけるリーダーシップを想起する。支配者の絶対的な権力と官僚組織、被支配者の民度の低さが特徴である。文明が進歩するに連れてこのやり方では通用しなくなる。そこでいろんな工夫がなされる。
たとえば、求心力として「宗教」や「イデオロギー」を利用して全員を一つの方向に向けるやり方である。イスラム教、十字軍、新教旧教をめぐる宗教戦争など。近代では共産主義政権下のソビエト。オーム真理教。一向一揆。ドグマが重視される一神教の社会である。特徴的なことは、当たり前であるが、はじめにドグマがあること。組織の構成員はそのイデオロギーを信じた上で組織構成員となっており、組織の目標は、そのイデオロギーそのものであること。また、その宗教的熱狂は、それほど長くは続かないことなどが欠点である。
徐々に文明が成熟し、社会の民主化が進んでくると、いろんな意見を持つ人が出現してくるので、社会は多様化してくる。その多様な人々を一つの方向に向かわせることは、もともと難しいし、多くの場合その必要性もない。しかし戦争勃発などの非常の事態には、全員が言葉で議論して方向性を確認することが必要になる(ギリシャ雄弁術の伝統)。ローマ時代には、非常時には「独裁官」を民主的に選ぶということもなされたし、外征する将軍には「絶対権限」が与えられた。ギリシャ、ローマ時代の共和制における軍隊は、いずれも「歩兵が強かった」ことに特徴がある(ギリシャの重装歩兵、ローマの亀甲軍団)。納得した上での出征であり、モラルが高かったということである。
「民主主義は怒りで戦う(デモークラシー・ファイツ・イン・アンガー)」。民主主義の軍隊は、戦争の初期にこそ弱いが、いったん本気になると絶対主義諸国の軍隊よりもはるかに強いとされている。20世紀の戦争が、社会全体を巻き込んだ総力戦の様相を呈するようになり、なかなか決着が付かないようになったのも、社会が総じて民主化されたため、どちらもなかなか負けなくなったからだ、といえる。
現代西欧社会では数々のすぐれたリーダーを生んだが、この背景には、ギリシャ、ローマ時代に遡る「民主主義体制下における戦争」という長い経験があるのかも知れない。
1. アジアの社会風土の特異性
このような西欧社会に対して、アジアの社会は独特の性格を有している。「村社会」、あるいは「コンセンサス社会」ともいえる、寄り合いによる意思決定システムである。このような社会においては、強いリーダーシップが発揮されにくく、すぐれたリーダーが育ちにくい。現状維持には向いているが、大変革期には向かない。近世、アジアが欧米からの挑戦に破れ、次々と西欧の植民地化されていったのも、この辺に原因があるのかも知れない。
またアジアには「多神教の風土」根付いている。「多神教」と「一神教」が戦うと、ほとんどの場合「一神教」が勝つ。
たとえば、新大陸に攻め込んだコルテス軍は、ただ神をひたすら信じて、数百の軍勢で数万のアステカ軍をせん滅した。プラッシーの戦いにおいては、インド軍は、十分な装備を有していたにもかかわらず、はるかに少人数のよく訓練されていたイギリス兵にさんざんにやられてしまった。
同じ理由で、現代の中国も「共産主義」と「ナショナリズム」が国を一つにまとめているから強国となっている。
2. 日本社会の特異性
ところが日本社会は、このアジア的性格と西欧的民主主義の伝統の二つを持っているので、一筋縄では行かない。日本社会に西欧的性格を与えたのは、鎌倉時代以降の封建主義であるとされる(川勝平太ほか)。
アジアには中央集権の絶対王制は根付いても、国王と封建諸侯の契約関係で成り立つ「封建主義」は、日本以外では成立しなかった。世界で封建主義が成熟したのは日本とヨーロッパでのみ。これが日本の近代社会への脱皮を容易にしたとされる。
基本的に農民であった鎌倉武士は、自分が開拓した農地を自分のものとするために公家勢力と必死で戦った(「一所懸命」)。ある意味では一つの価値観を全員が共有できたことが鎌倉幕府の強さだった。
同時に武士は、武家の頭領である頼朝を支えるかわりに頼朝は公家に対して武士の利益を代弁するという契約関係が基本に存在した。これが日本が近代社会へ発展するベースとなった。(主君に対して絶対的に服従するといういわゆる「武士道」は、江戸時代になってから考案されたもので、本来のものではない)
日露戦争までの日本軍の強さの秘密としての「奇兵隊」の伝統。奇兵隊は、農民で編成されたが、職業武士の軍団よりはるかに強かった。モラル。加えて「西洋に追いつきたい、追い越したい」とする強い願望があった。「文明開化」の旗印のもとに「大儀ある戦い」。「錦の御幡」。
しかし、日本には、伝統的に強いリーダーを好まない国民性がある。人気のあったリーダーも少なくないが、民衆に愛されたリーダーの大部分は悲劇的な最後を遂げたリーダーであったことは皮肉。義経、大石内蔵助、大塩平八郎、平将門など。
でも数百年に一度すごいリーダーが出現するのも日本である。源頼朝、大久保利通などは、卓越したリーダーで、日本人離れしている。でも両名とも、大衆の人気はない。
3. 国民性、社会風土は変わるか
このようなアジア的な「遅れた」社会を変えてゆかねばならないとの議論がある。しかし社会とか国民性は、簡単には変わらない。「百年河清を待つ」の類で、われわれにはそのような時間はない。
「アポロ計画」の例だが、急いで物事をやるときは、もっぱら手持ちの信頼できるリソーシスを最大限に活用して、新たな冒険を最小限にとどめ、客観条件を与件として考え、計画を進行させなければならない。
D. 組織の形態とリーダーシップ
1. 会社組織の三つの基本パターン
荒井伸也氏によると、会社組織には三つの基本パターンがあるという。
a. 製造会社型
大部分の製造メーカーがこれだが、会社の目的がはっきりしていて(たとえば「鉄を作る会社」とか)、その目的を達成するための分業を遂行するための組織。
組織は作業工程と同じであり、それぞれの部署の仕事が連動しあって、最終製品が出来上がる。それぞれの部署でやることは異なるが、すべての努力は一つの目的に集約されていく組織である。チームワークが重要。
すぐれた組織運営力がリーダーシップの基本となる。
b. 自動車販売会社型
「トヨタカローラ販売」といった会社組織である。全部の組織でやることは全部同じ(たとえば「車のセールス」)。カルチャーも全く同じ。
業績の拡大は、組織を並列的に拡大することと一人一人の戦闘能力を改善することで達成される。
「精神訓話型、朝礼型、マニュアル型」のリーダーシップが有効である場合が多い。
c. マスコミ、総合シンクタンク型
組織の構成メンバーと活動の多様性に特徴がある。皆がてんでバラバラにいろんな方向に動いているように見える。それぞれの価値観(カルチャー)さえ全く違う場合がある。ある部署で有効な教訓が別の部署では全く役に立たないことがある。でも完全にバラバラでコングロマリットかといえばそうでもない。一つにまとまっている。
そういう組織でのリーダーシップは難しい。統治しにくい。(日立、東芝などの総合電機メーカーでもそういう性格がある。だから日立のリストラが進まない。)
組織の構成と目的、その成果と評価が一本化されて明確になっている組織の場合、リーダーシップは、具体的なかたちで発揮されやすい(野球の監督、軍隊、製造工場など)。でもこのような多様性のある組織で、リーダーシップが具体性を持ちすぎる場合、むしろ現場現場の創意工夫を殺してしまう可能性もあるのである。
このように企業の形態によって求められるリーダーシップは異なる。総合商社は上記三つの企業の混合体といえるが、どちらかというと三つ目の「マスコミ、シンクタンク型」である。総合商社についてもう少し考える。
4. 総合商社におけるリーダーの条件
A. まず総合商社とは
総合商社におけるリーダーの条件を考える場合、総合商社とはどのような会社なのか、どのような将来像を持っているのかについて明らかにする必要がある。それ次第で必要とされるリーダーシップの性格が異なってくるように思われるからである。
1. 卸売業の位置づけ(商業は永遠なり)
総合商社の「トレード機能」について、将来トレードにはあまり期待できないと悲観的な見方が多いが、はたしてそうだろうか。商業、卸売業とはきわめて歴史のある産業である。近年、「大量生産、大量販売」が脚光を浴び、製造業者による流通支配が続いたため、商業に対する言われない劣等感が芽生えたように思える。実際には「大量生産、大量販売」の概念(フォーディズム)自体が時代遅れになりつつある。中間業者(商業)の役割が見直されつつある。
ただ大切なことは、「既得権としての商権」と卸売業の機能とは区別して考えねばならない。「既得権化した商権」はネガティブな性格を持っており、規制緩和と同じ考えでの望まねばならない。しかしそれは卸売業自体を否定するものではない。日本の農業が既得権化して生産性の向上が叫ばれてはいるが、農業自体を否定するものではないことと同じ。
2. 経営コンサルタント的な性格
総合商社は、卸売業者として、静的な意味での卸売業の役割に加え、動的(ダイナミック)に、時代のニーズに沿って新たな取引関係を開発し実現させていく機能がある。その中には投資活動も含まれる。投資銀行的な性格がある。これはロマンに満ちた芸術的な創作活動でもある。
もともと商社マンとは、個人プレーヤーであったのはこのような事情が背景にある。一人一人の商社マンが、「知恵者」として、業界の「経営コンサルタント」として、問題意識を持ち、改善の方向を提案し、説得し、創意工夫を持って活躍しなければならない。
「梁山泊、食客三千人」の世界である。
現場の各部門の創造性が大事になる。
C. その組織でリーダーシップとは
1. 共通の尺度で経営のプロが
このように多文化、多様性が錯綜している総合型企業においては、トップが個々の現場で、具体的に直接指揮することは不可能である。
また文化を強調する宗教的なリーダーシップも、社員が最初からその宗教を前提に入社してきたのでない以上、難しい。
やはり多様な現場で、みんなが納得できるものといえば経理データに近いものとなる。そのような「客観的メルクマール」(共通語)を探し、その共通の尺度で会社の進むべき方向性、理想を掲げ、ビジョンを提示し、目標設定と評価を実務的にマネージメントしてゆくこと。いわゆるアメリカ型の「経営のプロ」による経営が望ましい。
1. 先見性
それと「先見性」が非常に重要である。つまりリーダーは先が読めなければならない。先が読めて始めて組織の目標を設定することが出来る。その目標を継続的に組織として達成できるように、組織にその仕組みを「ビルトイン」することが重要である。
2. 自動操縦装置
かつての民青の指導者は「幾らリーダーが大声で突撃と怒鳴っても、声を聴いて突撃するのは廻りの数人だけだ、だからには日頃から全員の組織化(オルグ化)しておくことが大切」といったが、それと同じである。欧州の重電・エンジニアリング会社のABB(アセア・ブラウン・ボベリ)ではリストラ思考が組織にビルトインされているという。
「鼓腹撃壌」。古代中国で、皇帝がお忍びで市井を視察するに、一人の老人が穀物を食べて満腹し、腹鼓を打って踊りながら俺にとって皇帝や政治なんて関係ない(帝力いずくんぞ我に及ばん)」というのを聞いて、皇帝はこれなら国はよく治まっていると満足したという故事がある。このように意識されないリーダーシップというのが、平和で多様な東洋社会では望ましいのかも知れない。
3. ビジョンを「言葉」で示すこと
同時に組織の美しい将来像(夢)を社員に与えることが大切である。客観的尺度が無味乾燥な数字、経理データー中心にならざるを得ない以上、構成員のモラル向上のために、「錦の御幡」としての「夢」と「大儀」と「補足説明」が必要なのである。
全員に、思想を明確なかたちで伝えるということは、すなわち「言葉」が大切になってくるということである。
以上
1997年12月1日月曜日
「21世紀型チームワーク」と企業理念
| チームワークとは「複数の人間がともに行動し一定の成果を上げるための人間関係の在り方」と定義することが出来るが、外的環境に変化(技術革新)が起こると、「チームワーク」もかたちを変えざるをえないのではないか。今回はそれがテーマである。 集団行動を考える場合、昔から軍隊を例に取ることが多い。高坂正尭の「戦争の世紀」と題する講演を聴いたことがあるが、その中で軍隊における歩兵戦術の変化を語っている部分がきわめて印象的であった。「チームワーク」を考える際に参考になると思う。 すなわち、近世のヨーロッパの軍隊の特徴的な敵陣突破の戦法は、銃火の中でも隊列を決して乱さないように集団訓練を施された密集歩兵集団による中央突破であったという。映画の「戦争と平和」のシーンを思い出せばよい。基本的にこの戦法でもってヨーロッパの軍隊はアジア・アフリカの軍隊を圧倒し、世界中に植民地を広げることができた。しかし技術革新の結果、この戦法は通用しなくなってしまう。 つまり小銃の射程距離と連発性能の向上である。単発銃が連発銃となり、射程距離が100メートルから1000メートルを超えるようになると、在来戦法による歩兵集団の前進は耐え難いほどの犠牲を伴うことになった。とりわけ普仏戦争での歩兵の犠牲が甚だしかったため、両国はこの伝統的な戦法を廃止し、兵士は密集集団を組むのではなく、散開して遮蔽物を利用しながら前進するようにいったんは改める。 ところが非常に興味深いことだが、しばらくすると再び元に戻ってしまうのである。歩兵操典は再び改訂され兵士は昔どおり「肘と肘とを触れ合わせ、ドラムとラッパの響きとともに前進する」ことになる。なぜ、この様な不合理なことになったのか。 「人間はなぜ戦うのか」という基本的な問題にも関連するが、散開する隊形では兵士は全体の状況を把握できず、孤立したことで士気が低下し、戦列からの離脱者が続出したのである。結局、密集隊形を組む以外に全員を一つにまとめることは出来ないと判断され、この「戦争と平和」スタイルの攻撃方法は変わることなく、第一次世界大戦では人類史上最も悲惨と言われる兵士の犠牲を生じさせることになった。そんな話であった。 考えるに技術革新(小銃の進化)にともない新しい戦闘方法(散開方式)は工夫されたものの、それに応じた適切な「チームワーク」手法の開発が追いつかず適応できなかったことによる悲劇と整理できる。 21世紀をひかえ、日本企業は組織をより柔軟でソフトなものに変える必要性が叫ばれている。問題は、今も昔も密集隊形から分散隊形に移行するとモラルの問題が生ずるが、それをどう解決するかということだろう。 携帯できる小型の通信手段が開発され、現代の歩兵は小規模な集団で散らばって行動出来るようになっている。未来型の企業組織においても、構成員はそれぞればらばらに行動するものの、全員による情報の共有が可能にする情報化推進が重要になってくるのである。 同時に「個」が尊重されながらも企業の一体感(総合力)を維持できることも大事になる。共通の価値観として「企業理念」の確認が大切になってくると思う。 橋本尚幸 |
1997年10月1日水曜日
迷路に入った日本経済と「景気対策」
「だからいったじゃないの」とはあまり男らしい口吻ではない。しかし昨今の低迷する国内景気を見てこのような感想を心に抱く人も多いのではないか。多くの反対を押し切り今春から実施された消費税率の引き上げなどのデフレ政策は、案の定、国内景気を大きく減速させてしまった。個人消費は低迷し、在庫は積み上がり、生産活動は萎縮している。輸出だけは好調だが、東南アジアの景気減速と対米黒字の急増で先行きは不透明だ。期待成長率の低下による設備投資計画の下方修正も始まっている。産業界を見てももよい業界はほとんどない。特に地方と中小企業で景況感が悪化している。
景気低迷の直接のきっかけは消費税の引き上げによる個人消費の予想以上の下ぶれにあった。通例であれば消費税率が上がっても消費者は生活水準を維持するために貯蓄を取り潰す行動に出るため大きな需要の落ち込みは発生しないのだが今回は違った。夏口を過ぎても消費者は慎重な態度を崩していない。
この消費者行動の慎重化という傾向はどうも基調的なものらしい。バブル崩壊後、家計の消費性向は一貫して低下を続けている。背景にあるのは将来生活に対する不安だろう。金融部門のバブル後遺症は予想以上に根深く、産業活動にも悪影響を与えている。雇用不安が広がり、人口高齢化で年金システムの破綻すら危惧されだした。そういう状況のなかで家計は支出を抑え貯蓄に励む以外に有効な自己防衛手段を持たないのである。生活水準を落とすことは簡単なことではないが、幸いにグローバル化でより安い代替商品が入手できるようになった。倹約も目的意識を持てばまた楽しいのである。しかしこれでは景気はなかなか良くならない。日本経済はいまや失速寸前である。
どうしたら景気を浮上させられるかであるが、なかなか有効な対策が見えてこない。金利はぎりぎりまで下がっており、今さら金融緩和でもない。やはり財政の出番であると財政再建を先送りにしてでも財政を出動させよとの議論が出ているが、やはりこれはまずいだろう。国債残高の累積は、納税者から国債保有者への巨大な所得移転メカニズムを国家の保証のもとに制度化することに他ならないからである。減税は望ましいが景気への乗数効果は小さい。規制緩和や土地の流動化政策などは必要な政策ではあるが、どれだけ景気浮揚の効果を持つか疑問である。数多くの景気対策が議論されているが、打つ手は限られており、いずれも景気を浮揚させる機関車とはなりそうにない。
この様な場合、むしろやるべきことは、内容に乏しい「景気対策」の長いリストを作ることではなく、政府が行財政改革を断固として推進するとの決意を具体的な行動で示し、国民に将来に対するコンフィデンスを与えることだろう。不況の時にしかできないこともある。歳入減少を奇貨としてとらえ「小さい政府」の実現に邁進すべきである。
このままでは民間企業は現在の鬱陶しい低成長が来世紀にかけて続くことを前提に個別の対応を考えざるをえない。そうしたら不況は本当に長期化する。
橋本尚幸
景気低迷の直接のきっかけは消費税の引き上げによる個人消費の予想以上の下ぶれにあった。通例であれば消費税率が上がっても消費者は生活水準を維持するために貯蓄を取り潰す行動に出るため大きな需要の落ち込みは発生しないのだが今回は違った。夏口を過ぎても消費者は慎重な態度を崩していない。
この消費者行動の慎重化という傾向はどうも基調的なものらしい。バブル崩壊後、家計の消費性向は一貫して低下を続けている。背景にあるのは将来生活に対する不安だろう。金融部門のバブル後遺症は予想以上に根深く、産業活動にも悪影響を与えている。雇用不安が広がり、人口高齢化で年金システムの破綻すら危惧されだした。そういう状況のなかで家計は支出を抑え貯蓄に励む以外に有効な自己防衛手段を持たないのである。生活水準を落とすことは簡単なことではないが、幸いにグローバル化でより安い代替商品が入手できるようになった。倹約も目的意識を持てばまた楽しいのである。しかしこれでは景気はなかなか良くならない。日本経済はいまや失速寸前である。
どうしたら景気を浮上させられるかであるが、なかなか有効な対策が見えてこない。金利はぎりぎりまで下がっており、今さら金融緩和でもない。やはり財政の出番であると財政再建を先送りにしてでも財政を出動させよとの議論が出ているが、やはりこれはまずいだろう。国債残高の累積は、納税者から国債保有者への巨大な所得移転メカニズムを国家の保証のもとに制度化することに他ならないからである。減税は望ましいが景気への乗数効果は小さい。規制緩和や土地の流動化政策などは必要な政策ではあるが、どれだけ景気浮揚の効果を持つか疑問である。数多くの景気対策が議論されているが、打つ手は限られており、いずれも景気を浮揚させる機関車とはなりそうにない。
この様な場合、むしろやるべきことは、内容に乏しい「景気対策」の長いリストを作ることではなく、政府が行財政改革を断固として推進するとの決意を具体的な行動で示し、国民に将来に対するコンフィデンスを与えることだろう。不況の時にしかできないこともある。歳入減少を奇貨としてとらえ「小さい政府」の実現に邁進すべきである。
このままでは民間企業は現在の鬱陶しい低成長が来世紀にかけて続くことを前提に個別の対応を考えざるをえない。そうしたら不況は本当に長期化する。
橋本尚幸
1997年9月1日月曜日
絶好調の米国景気の脆弱な基盤
絶好調といわれてきた米国景気だが、さすがに最近はチラホラ懸念材料も見受けられるようになった。なかでも米国の株価水準については、バブルである疑いが強くなってきている。イギリスのエコノミスト誌が、この危険性を早くから指摘している。
つまり、株価は基本的に金利と期待収益率から決まるものだが、現在アメリカの長期金利や株式の債券に対するリスクプレミアムを考えれば、株式を保有することによる期待利益率は年率9%はなければならない。ところが現実には配当実績はそれ程大きくなく、その差はキャピタルゲインで埋めねばならない。そのためには実質企業収益すなわち生産性は年に4~5%は伸び続けねばならない計算になる。米国の生産性の上昇率は過去2・5%程度にしか過ぎないし、最近はさらに低下している。よって現在の株価水準は理論的にはどうにも説明できないというものである。
もちろん生産性の上昇率が低い場合でも、労働分配率を低下させることができれば、企業の取り分を相対的に大きくすることで、生産性の伸び以上に企業収益を伸ばすことが可能になる。現実にはまさしくこの現象が進行しているわけで、企業収益が上昇するなかで米国労働者の実質賃金は過去一貫して低下してきたのである。
しかし、常識で考えてもわかるように、労働分配率を永久に低下させ続けることはできない。いずれは限界に到達する。その時には、いよいよ株価水準の調整が起こる。
今般のUPSのパート労働者のストライキはアメリカ内外で識者の高い関心を集めた。星条旗をあしらったプラカードを持って訴えるパート労働者には国民的な共感と支援が集まったといわれる。現在の米国の好景気が、米国の比較的弱い立場の労働者の実質賃金の低下という犠牲の上になり立っていることへの、米国民のある種の後ろめたさのあらわれだったのかも知れない。
米国経済はいま、戦後で三番目の長い景気拡大を続けている。このロングラン景気の直接的な要因は、表面的な物価の安定にある。
戦後の米国景気循環を見ると、ほとんどの場合、失業率の低下、それに伴う賃金と物価の上昇、それに対処するための金融引き締めという過程を経て、景気は終焉を迎えている。今回は失業率の低下にもかかわらず物価上昇の気配はない。これがアメリカ経済は構造変化して今や「新しい時代」を迎えたという議論につながってきている。物価統計自体が経済実態を反映していないとの議論すらまかり通っている。しかし、いずれも多分に主観的な議論との感がいなめない。この主観がある日突然変わればどうなるのか。単位労働コストが上昇に転じていることをどう見ればよいのか。在庫の急増をどう見るか。株価の下落による逆資産効果はどうか。なかなか手放しに安心はできないと思う。
この大型景気は、ちょうどよい温度のスープにありついた童話の主人公の少女の名前から「ゴルディロックス経済」と呼ばれている。でもゴルディロックスとは、同時に、戦争直後、米国の援助物資とともに日本に渡来し、瞬く間に日本全土にはびこり、やがて急速に沈静化した帰化植物「セイタカアワダチソウ」の英名でもある。米国景気のソフトランディングを期待したい。
(橋本 尚幸)
つまり、株価は基本的に金利と期待収益率から決まるものだが、現在アメリカの長期金利や株式の債券に対するリスクプレミアムを考えれば、株式を保有することによる期待利益率は年率9%はなければならない。ところが現実には配当実績はそれ程大きくなく、その差はキャピタルゲインで埋めねばならない。そのためには実質企業収益すなわち生産性は年に4~5%は伸び続けねばならない計算になる。米国の生産性の上昇率は過去2・5%程度にしか過ぎないし、最近はさらに低下している。よって現在の株価水準は理論的にはどうにも説明できないというものである。
もちろん生産性の上昇率が低い場合でも、労働分配率を低下させることができれば、企業の取り分を相対的に大きくすることで、生産性の伸び以上に企業収益を伸ばすことが可能になる。現実にはまさしくこの現象が進行しているわけで、企業収益が上昇するなかで米国労働者の実質賃金は過去一貫して低下してきたのである。
しかし、常識で考えてもわかるように、労働分配率を永久に低下させ続けることはできない。いずれは限界に到達する。その時には、いよいよ株価水準の調整が起こる。
今般のUPSのパート労働者のストライキはアメリカ内外で識者の高い関心を集めた。星条旗をあしらったプラカードを持って訴えるパート労働者には国民的な共感と支援が集まったといわれる。現在の米国の好景気が、米国の比較的弱い立場の労働者の実質賃金の低下という犠牲の上になり立っていることへの、米国民のある種の後ろめたさのあらわれだったのかも知れない。
米国経済はいま、戦後で三番目の長い景気拡大を続けている。このロングラン景気の直接的な要因は、表面的な物価の安定にある。
戦後の米国景気循環を見ると、ほとんどの場合、失業率の低下、それに伴う賃金と物価の上昇、それに対処するための金融引き締めという過程を経て、景気は終焉を迎えている。今回は失業率の低下にもかかわらず物価上昇の気配はない。これがアメリカ経済は構造変化して今や「新しい時代」を迎えたという議論につながってきている。物価統計自体が経済実態を反映していないとの議論すらまかり通っている。しかし、いずれも多分に主観的な議論との感がいなめない。この主観がある日突然変わればどうなるのか。単位労働コストが上昇に転じていることをどう見ればよいのか。在庫の急増をどう見るか。株価の下落による逆資産効果はどうか。なかなか手放しに安心はできないと思う。
この大型景気は、ちょうどよい温度のスープにありついた童話の主人公の少女の名前から「ゴルディロックス経済」と呼ばれている。でもゴルディロックスとは、同時に、戦争直後、米国の援助物資とともに日本に渡来し、瞬く間に日本全土にはびこり、やがて急速に沈静化した帰化植物「セイタカアワダチソウ」の英名でもある。米国景気のソフトランディングを期待したい。
(橋本 尚幸)
1997年8月1日金曜日
『漆の実のみのる国』と現代日本
藤沢周平の遺作『漆の実のみのる国』を読んだ。江戸時代の米沢藩の財政構造改革を描いたものだが、現代日本にも通じるところが多く、いろいろ考えさせられた。
豊臣にくみして徳川と対立した上杉家は、徳川の時代となって大きく減封されてしまう。家臣数は昔のままであり、歳出は減らないので、当然藩の財政は苦しくなる。借金が累積してゆく。江戸中期に登場した若き藩主の治憲(鷹山)は身を挺して財政改革に取り組むが、なかなかうまく行かない。
財政改革には、今も昔も歳出減と歳入増しかない。一汁一菜の強制など徹底した倹約が行われる。一方、歳入増を図るため、漆の植樹計画がたてられるが、成果が出るまでになかなか時間がかかる。そのうちに人心が倦む。既得権が立ちはだかる。さまざまなサボタージュに遭遇し、改革はなかなか進まない。債務はどんどんかさみ、金利を支払うためにさらに借金をする事態が続く。このような話だが、まるで現在われわれが直面する問題そのものであり、読後感は何とも重たい。
一番の問題は、非生産階級である武士階級の人口が生産階級である農民の人口に比して多すぎることにあった。農民二人強で武士一人を養う人口構造だったのである。それが財政赤字と公的債務の増大をもたらし、経済構造を大きくゆがめてゆく。これは日本の近未来の姿でもある。高齢化が急速に進むなか、日本の非生産人口比率は当時の米沢藩の比率に近づきつつある。
また政府主導の産業政策の問題点も浮き彫りにされる。稲作以外の国内産業を興すために、換金作物である漆の植樹プロジェクトが、政府主導で推し進められる。生産力の向上が一番大切との認識は正しい。しかし政府の計画はなかなか期待したほどの効果をあげない。予想もしなかった品質のよい競合品が出現し、米沢の漆は大幅な値引きを余儀なくされてしまう。ビジネスにおいては価格決定は、あくまでも市場でなされる。それを忘れていた。まるで現代日本の特殊法人や公益事業のようだ。
特に印象的だったのは、改革に立ちはだかる既得権者の群だ。「一汁一菜」を上下の差別なく平等に強制されては身分制度がもたない。身分制なくして封建制度自体が機能しないと主張する。生活に困窮した足軽が、顔も隠さずに公道で運搬労働に従事するのだが、それも問題視される。こんな上杉家の「大国意識」が改革の妨げとなる。現在でも、このような既得権者による組織防衛の運動が、改革を進める上で一番の障害となっている。
しかし当時の藩のコーポレートガバナンス構造はとても興味深かった。藩の経営に対し、藩の外部、内部からのチェックが有効に機能していたことには驚かされる。サボタージュする家老達は、藩主がまとめて更迭してしまう。反対に無能な藩主は、家老達が強引に隠居させてしまうこともある。両者の間に見事な緊張関係がある。現代でも、明治以前からの長い伝統を持つ企業が少なからず残っている。こういった企業統治の伝統は大切にしたいものだ。
藤沢周平はこの小説を書きながら、現代日本のことを考えていたのではないかと思う。
橋本尚幸
豊臣にくみして徳川と対立した上杉家は、徳川の時代となって大きく減封されてしまう。家臣数は昔のままであり、歳出は減らないので、当然藩の財政は苦しくなる。借金が累積してゆく。江戸中期に登場した若き藩主の治憲(鷹山)は身を挺して財政改革に取り組むが、なかなかうまく行かない。
財政改革には、今も昔も歳出減と歳入増しかない。一汁一菜の強制など徹底した倹約が行われる。一方、歳入増を図るため、漆の植樹計画がたてられるが、成果が出るまでになかなか時間がかかる。そのうちに人心が倦む。既得権が立ちはだかる。さまざまなサボタージュに遭遇し、改革はなかなか進まない。債務はどんどんかさみ、金利を支払うためにさらに借金をする事態が続く。このような話だが、まるで現在われわれが直面する問題そのものであり、読後感は何とも重たい。
一番の問題は、非生産階級である武士階級の人口が生産階級である農民の人口に比して多すぎることにあった。農民二人強で武士一人を養う人口構造だったのである。それが財政赤字と公的債務の増大をもたらし、経済構造を大きくゆがめてゆく。これは日本の近未来の姿でもある。高齢化が急速に進むなか、日本の非生産人口比率は当時の米沢藩の比率に近づきつつある。
また政府主導の産業政策の問題点も浮き彫りにされる。稲作以外の国内産業を興すために、換金作物である漆の植樹プロジェクトが、政府主導で推し進められる。生産力の向上が一番大切との認識は正しい。しかし政府の計画はなかなか期待したほどの効果をあげない。予想もしなかった品質のよい競合品が出現し、米沢の漆は大幅な値引きを余儀なくされてしまう。ビジネスにおいては価格決定は、あくまでも市場でなされる。それを忘れていた。まるで現代日本の特殊法人や公益事業のようだ。
特に印象的だったのは、改革に立ちはだかる既得権者の群だ。「一汁一菜」を上下の差別なく平等に強制されては身分制度がもたない。身分制なくして封建制度自体が機能しないと主張する。生活に困窮した足軽が、顔も隠さずに公道で運搬労働に従事するのだが、それも問題視される。こんな上杉家の「大国意識」が改革の妨げとなる。現在でも、このような既得権者による組織防衛の運動が、改革を進める上で一番の障害となっている。
しかし当時の藩のコーポレートガバナンス構造はとても興味深かった。藩の経営に対し、藩の外部、内部からのチェックが有効に機能していたことには驚かされる。サボタージュする家老達は、藩主がまとめて更迭してしまう。反対に無能な藩主は、家老達が強引に隠居させてしまうこともある。両者の間に見事な緊張関係がある。現代でも、明治以前からの長い伝統を持つ企業が少なからず残っている。こういった企業統治の伝統は大切にしたいものだ。
藤沢周平はこの小説を書きながら、現代日本のことを考えていたのではないかと思う。
橋本尚幸
1997年7月11日金曜日
住友における従業員の位置づけについて
1997.7.11
「住友」の事業において、従業員というものがどのように位置付けられていたのか、住友家、経営者との関係はどういうものであったか、いわば住友のコーポレートガバナンスはどうであったかということについて考えます。
一言でいえば、住友家、経営者、従業員の三者は、「家(イエ)」的な運命共同体意識で結ばれていたことが大きな特徴であったように思います。それが同じく住友の特徴でもあった「均等主義」や「平等主義」に結びついているようであります。善し悪しはともかく、このような運命共同体的な「家」的結束が住友の強みとなり、明治維新の直後と第二次大戦敗戦後という過去二回の大きな歴史上の変革期(構造転換期)を乗り切ってきました。
株主、経営者、従業員などのステークホルダーズ同士の利害がうまく調整されて、事業の運営がなされてきたのです。「家(イエ)」的関係といえばとても封建的ですが、ステークホルダーズ間の共同体的関係といえば、優れて今日的です。
橋本内閣のかかげる「六つの改革」は、わが国にとって、明治維新、第二次世界大戦での敗戦に続く三つ目の大変革であるといわれています。過去の二回の大変化を住友が如何に乗り越えてきたのか、コーポレートガバナンス(企業統治)の観点から、参考になるところを抜き出してみました。
1 住友の運命共同体的性格
1) 明治以前の封建的「家」制度
住友の伝統を知る上で一番大切な資料は住友家の家法ですが、この家法を読むと、明治時代に制定された部分であっても、江戸時代からの封建的性格を根強く残していたことがわかります。
まず雇用関係ですが、これは雇用期間中のみならず、退職してから以後も続く終身的な関係となっています。退職者は「末家」と位置づけられ、本家から家督金を付与されました(末家制度)。実際の運用面では、この家督金は住友家に預けられ末家には毎年利子が与えられたので、従業員に対する終身年金とも見なすこともできます。
さらに、この「家」的な雇用関係は、終身関係という時間的な広がりに加え主家、従業員の家族にまで及ぶことで、平面的にも広がりを見せていました。明治25年に制定された「出付婦人内規」によれば、雇人(従業員)、末家(退職OB)の配偶者も本家の奥様と一種の主従関係を結ぶことが規定されています。家族ぐるみの雇用関係であります。(商社の海外派遣員の家族同士で、いまだにこれに近い家的関係が散見されることもありますが、時代の最先端を行く商社の海外駐在員家族同士の付き合いのなかに「家」制度の片鱗が残っていることは興味深いことです)
こうした「家」的な人間関係は、一方で良い面もあり、従業員に対する福祉にもつながっています。この傾向は住友では特に強かったようです。ほかの商家では手代が病気になったらお払い箱とされたようですが、住友では決してそのようなことはせず、家法にも「手代が病気になったときには、よく看病すること、病人を粗相に扱うことは主人に不忠を働いたものと見なす」とわざわざ明記されていたことは注目されます。(総手代勤方心得)
一方で、能力主義もありました。「子飼であっても無能なものには重い役を与えない」との規定も見えます(総手代勤方心得)。この能力主義は、一見、封建制度とは相容れないようですが、日本の封建制度のひとつの特徴でもありました。すなわち「お家」の危機にあたっては、人事は縁故・血統よりも能力を重視し、能力のあるものに経営をまかせることで「お家」の存続を図るという考え方であります。(日本の封建制度のもとでは、養子縁組みが頻繁に行われましたが、それは能力重視とも考えられます。諸外国では養子による家督相続は珍しいとのことです)
また本店及び別子銅山の雇員、雇い人に罰金法を制定したことも注目されます(明治6年)。借金を返済しない者などは、住友家が自ら裁きうるとしたものです。日本という国家のなかに住友という「ミニ国家」を作っているともいえ、これも日本的な「家」制度の特徴と言えます。
注目したいのは、従業員のランクによる給与格差の小ささです。別子銅山においては、ホワイトカラーは、手代と呼ばれ、手代の下に子供、小者、下男と呼ばれる雇い人がありました。明治2年の給与表を見ると、手代の最高位の老分の月給が30両、一番下の子供、下男が2両となっています。最高位と最低位の格差倍率はちょうど15倍でした(須賀俊夫『住友の経営史的研究』)。これは欧米などの社会と比べると非常に小さい格差であると言えます。現在、当社の22歳大卒新人事務職の年収330万円であり、その15倍の相当金額は約5000万円となります。社長のお給料までは存じませんが、明治2年当時の給与構造とそれ程大きな違いはないのではないでしょうか。
2) 明治以降も根強く残った「家」的性格「均等主義」
この平等主義は長く続きます。歌人で住友マンであった川田順の『住友回想記』に次のような文章があります。
<社員の給与の決め方には三つの主義がある。功利主義、均等主義、折衷主義。三井物産は功利主義の雄なるもの。住友は均等主義の代表的なものであった。勤務せる店部の別によって給与が違うことも、まずなかったといっていい。また、儲けた店部でも損した店部でも、おしならして賞与を出した。要するに、住友人は、各自の勤務せる会社のいかんに関わらず、居住せる土地の都鄙に関わらず、住友のために同じように苦労しているのだから、同じように報酬すべきだ、という道徳的な観念が根強く一貫していた。>
川田順によると、当時の住友の理事の給料水準は、三井、三菱と比べると格段に安かったようで、当時の大阪税務署長から「さすが住友さん、川田(理事)さんの給料は三井の支店長より高いですな」といわれたが、その税務署長は川田順の「年収」を「月給」と勘違いしていた、という笑い話のような実話があったとのことです(『住友回想記』)。平等といっても水準の下の方に合わせる平等であったようです。
同じく住友に勤めていた源氏鶏太は、ユーモア・サラリーマン小説や名著といわれる同氏の『新サラリーマン読本』を書いていますが、これらの文章に当時の住友の「ほのぼのとした」企業文化がうかがえます。
2 時代の大変動と住友の対応
さてこのような伝統と企業文化を持つ住友が、過去の時代の大変革期にどのような対応をしてきたのかを見てみたいと思います。
1) 明治維新と住友
� 広瀬別子支配人改革
住友にとっての最大の経営危機は、明治維新の時に訪れました。開国に伴い、住友は欧米とのコスト競争にさらされ、そのために、組織、技術の近代化の必要性に迫られます。当時の総理事の広瀬宰平は、ドラスティックな改革を巨額の資金を使い、強力に推し進めました。
まず、御屋敷掛かりの廃止、買い物方、台所方の廃止、日記及び旧習の諸帳面の廃止、職人の食事給付を廃止し各自手弁当を持参させる等、江戸時代からの旧い慣習がどんどん廃止されました。
さらに、フランス人技師の採用、西洋機械の導入など、近代技術への投資が積極的に為されました。
合わせて、給与の減額(老分2割、支配1割半など)、不良資産の処分などのリストラ策も実施されたのです。
興味深いのは、当時の経営陣(広瀬宰平)は、銅山事業からの撤退を(住友家の利益を考えればこれが一番合理的だったらしいのですが)一切考慮の対象としなかったことであります。事業の継続は、本家(出資者)の利益より優先するものと信じられていたのです。
� 宗教と企業経営
しかしこのような近代化政策は、別子の伝統的な村共同体の生活様式の崩壊をもたらしました。
葛藤し模索・反抗する民衆が、新しい生活様式に移行することを助けるため、宗教家が積極的に活用されたといわれています。具体的には瑞応寺の住職などの禅僧による山民の教化政策です。経営に宗教的な色彩を導入するのは住友の伝統的なやり方といわれています。
� 広瀬宰平の引退
このように別子銅山の近代化とリストラに成功し、大きな功績を残した広瀬ですが、その引き際は決して立派なものではなかったといわれています。四方からの「広瀬降ろし」の圧力に屈したかたちで、折からの公害問題をはじめとする別子の危機を、そのまま甥の伊庭貞剛に託して住友を去ります。
広瀬追放の本当の原因はよくわかっていません。直接的には広瀬に対する内部告発(元理事が新聞発表した公開状など)がきっかけになっています。権力にあまりに長くとどまったためか、いろいろ公私混同が目立ったことは事実のようです。本当の理由はよくわかっていません。しかし、いったん明治維新の危機を脱して成長の軌道に乗った住友にとっては、広瀬のような真性の革新的企業者よりも調整タイプの経営者の方がより安全であったのだろうとの観測もあります。
伊庭貞剛は極端な精神主義を避けて、物心両面の調和を重視した人でした。彼は部下の書類に目を通さず判を押すことで有名でした。「信頼こそが人を育てる」が口癖の、きわめて日本的、住友伝統的な人物でありました。住友は再び伝統の調和主義に復帰することになります。
2) 第二次世界大戦が終わり
� 人材の離散を防ぐ精神「財閥解体にあたり五原則」
敗戦を迎え、住友は創立以来、数百年のうちで二度目の大きな転機を迎えることになります。財閥解体です。拡張しきった各方面の事業の収拾を図るとともに、人材の離散を防ぎ、それぞれに出来るかぎり仕事を与えること。そのために新しい事業を企画すること、これが大きな命題となりました。
具体的に方針が策定されますが、その方針の第一に「海外引揚者とその家族を援護すること」が挙げられました。次に、債権者に誠実に対処すること、住友の全事業を出来るだけ滅ぼさずに転換すること、将来、民族と国家の繁栄につながるように事業を運営することと続き、最後に「極力、累を住友家に及ばさないこと」が方針とされました。
ここでも従業員の職場確保が、本家(出資者)の利益に優先されていることがわかります。明治維新直後の広瀬宰平の考え方といい、戦後の処理方針といい、住友の経営理念は、明らかに「ステークホルダー理論」そのものであったと言えると思います。
� 商社の設立
その過程で、商社の設立が決断されました。遡ることは大正9年に、時の鈴木馬左也総理事が、人材と資金の不足を理由に、厳しく商事の禁止を申し渡したことは、まだ記憶に新しかったことでした。しかし当時、国土は焦土と化し、従業員の多数が生活の道を失おうとしているという未曾有の非常事態に直面し、住友は商事部門の開設を決断します(津田久『私の住友昭和史』)。
住友の従業員を重視するという伝統的な「家」的文化風土を考えますと、この決断は、家訓に違反するどころか、むしろ本当の意味での「住友」的決断であったと言えると思います。
3 営業の要旨二箇条をどう読むか
住友の「営業の要旨」のなかに、「従業員」についての記述がないことが指摘されることがあります。しかし、今まで述べてきたような住友の伝統を考えれば、次のような文章の解釈が可能であり、むしろそれが順当とあると思われます。
すなわち、第一条に「我が住友の営業は信用を重んじ確実を旨とし、以てその強固隆盛を期すべし」とあります。ここにある「その」とは、文章的には「住友」をさします。しかしその「住友」とは、決して「住友家」のみをさすものではなく、運命共同体である「家」としての住友、ステークホルダーズ全体をさすと考えるべきではないでしょうか。
現在の日本では、企業は誰のものか、企業のコーポレート・ガバナンスは如何にあるべきか、この問題について多くの議論がなされています。住友の経営理念は、まことに古くさく封建主義的な性格は濃厚に残してはいますが、企業のステーク・ホルダーは、資本家(住友家)であり、経営者(理事)であり、従業員(手代、雇人)である、三者の関係の三位一体であるとの原則を、繰り返し主張している点において、優れて今日的なものと考えます。株主の利益が全てとは決して考えられてきませんでした。同時に、従業員や経営者の利益だけを考え、株主の利益が無視されるということもありませんでした。この三者の力の均衡をうまくマネージするスキームが、それこそ住友の経営理念であると思います。
以上
「住友」の事業において、従業員というものがどのように位置付けられていたのか、住友家、経営者との関係はどういうものであったか、いわば住友のコーポレートガバナンスはどうであったかということについて考えます。
一言でいえば、住友家、経営者、従業員の三者は、「家(イエ)」的な運命共同体意識で結ばれていたことが大きな特徴であったように思います。それが同じく住友の特徴でもあった「均等主義」や「平等主義」に結びついているようであります。善し悪しはともかく、このような運命共同体的な「家」的結束が住友の強みとなり、明治維新の直後と第二次大戦敗戦後という過去二回の大きな歴史上の変革期(構造転換期)を乗り切ってきました。
株主、経営者、従業員などのステークホルダーズ同士の利害がうまく調整されて、事業の運営がなされてきたのです。「家(イエ)」的関係といえばとても封建的ですが、ステークホルダーズ間の共同体的関係といえば、優れて今日的です。
橋本内閣のかかげる「六つの改革」は、わが国にとって、明治維新、第二次世界大戦での敗戦に続く三つ目の大変革であるといわれています。過去の二回の大変化を住友が如何に乗り越えてきたのか、コーポレートガバナンス(企業統治)の観点から、参考になるところを抜き出してみました。
1 住友の運命共同体的性格
1) 明治以前の封建的「家」制度
住友の伝統を知る上で一番大切な資料は住友家の家法ですが、この家法を読むと、明治時代に制定された部分であっても、江戸時代からの封建的性格を根強く残していたことがわかります。
まず雇用関係ですが、これは雇用期間中のみならず、退職してから以後も続く終身的な関係となっています。退職者は「末家」と位置づけられ、本家から家督金を付与されました(末家制度)。実際の運用面では、この家督金は住友家に預けられ末家には毎年利子が与えられたので、従業員に対する終身年金とも見なすこともできます。
さらに、この「家」的な雇用関係は、終身関係という時間的な広がりに加え主家、従業員の家族にまで及ぶことで、平面的にも広がりを見せていました。明治25年に制定された「出付婦人内規」によれば、雇人(従業員)、末家(退職OB)の配偶者も本家の奥様と一種の主従関係を結ぶことが規定されています。家族ぐるみの雇用関係であります。(商社の海外派遣員の家族同士で、いまだにこれに近い家的関係が散見されることもありますが、時代の最先端を行く商社の海外駐在員家族同士の付き合いのなかに「家」制度の片鱗が残っていることは興味深いことです)
こうした「家」的な人間関係は、一方で良い面もあり、従業員に対する福祉にもつながっています。この傾向は住友では特に強かったようです。ほかの商家では手代が病気になったらお払い箱とされたようですが、住友では決してそのようなことはせず、家法にも「手代が病気になったときには、よく看病すること、病人を粗相に扱うことは主人に不忠を働いたものと見なす」とわざわざ明記されていたことは注目されます。(総手代勤方心得)
一方で、能力主義もありました。「子飼であっても無能なものには重い役を与えない」との規定も見えます(総手代勤方心得)。この能力主義は、一見、封建制度とは相容れないようですが、日本の封建制度のひとつの特徴でもありました。すなわち「お家」の危機にあたっては、人事は縁故・血統よりも能力を重視し、能力のあるものに経営をまかせることで「お家」の存続を図るという考え方であります。(日本の封建制度のもとでは、養子縁組みが頻繁に行われましたが、それは能力重視とも考えられます。諸外国では養子による家督相続は珍しいとのことです)
また本店及び別子銅山の雇員、雇い人に罰金法を制定したことも注目されます(明治6年)。借金を返済しない者などは、住友家が自ら裁きうるとしたものです。日本という国家のなかに住友という「ミニ国家」を作っているともいえ、これも日本的な「家」制度の特徴と言えます。
注目したいのは、従業員のランクによる給与格差の小ささです。別子銅山においては、ホワイトカラーは、手代と呼ばれ、手代の下に子供、小者、下男と呼ばれる雇い人がありました。明治2年の給与表を見ると、手代の最高位の老分の月給が30両、一番下の子供、下男が2両となっています。最高位と最低位の格差倍率はちょうど15倍でした(須賀俊夫『住友の経営史的研究』)。これは欧米などの社会と比べると非常に小さい格差であると言えます。現在、当社の22歳大卒新人事務職の年収330万円であり、その15倍の相当金額は約5000万円となります。社長のお給料までは存じませんが、明治2年当時の給与構造とそれ程大きな違いはないのではないでしょうか。
2) 明治以降も根強く残った「家」的性格「均等主義」
この平等主義は長く続きます。歌人で住友マンであった川田順の『住友回想記』に次のような文章があります。
<社員の給与の決め方には三つの主義がある。功利主義、均等主義、折衷主義。三井物産は功利主義の雄なるもの。住友は均等主義の代表的なものであった。勤務せる店部の別によって給与が違うことも、まずなかったといっていい。また、儲けた店部でも損した店部でも、おしならして賞与を出した。要するに、住友人は、各自の勤務せる会社のいかんに関わらず、居住せる土地の都鄙に関わらず、住友のために同じように苦労しているのだから、同じように報酬すべきだ、という道徳的な観念が根強く一貫していた。>
川田順によると、当時の住友の理事の給料水準は、三井、三菱と比べると格段に安かったようで、当時の大阪税務署長から「さすが住友さん、川田(理事)さんの給料は三井の支店長より高いですな」といわれたが、その税務署長は川田順の「年収」を「月給」と勘違いしていた、という笑い話のような実話があったとのことです(『住友回想記』)。平等といっても水準の下の方に合わせる平等であったようです。
同じく住友に勤めていた源氏鶏太は、ユーモア・サラリーマン小説や名著といわれる同氏の『新サラリーマン読本』を書いていますが、これらの文章に当時の住友の「ほのぼのとした」企業文化がうかがえます。
2 時代の大変動と住友の対応
さてこのような伝統と企業文化を持つ住友が、過去の時代の大変革期にどのような対応をしてきたのかを見てみたいと思います。
1) 明治維新と住友
� 広瀬別子支配人改革
住友にとっての最大の経営危機は、明治維新の時に訪れました。開国に伴い、住友は欧米とのコスト競争にさらされ、そのために、組織、技術の近代化の必要性に迫られます。当時の総理事の広瀬宰平は、ドラスティックな改革を巨額の資金を使い、強力に推し進めました。
まず、御屋敷掛かりの廃止、買い物方、台所方の廃止、日記及び旧習の諸帳面の廃止、職人の食事給付を廃止し各自手弁当を持参させる等、江戸時代からの旧い慣習がどんどん廃止されました。
さらに、フランス人技師の採用、西洋機械の導入など、近代技術への投資が積極的に為されました。
合わせて、給与の減額(老分2割、支配1割半など)、不良資産の処分などのリストラ策も実施されたのです。
興味深いのは、当時の経営陣(広瀬宰平)は、銅山事業からの撤退を(住友家の利益を考えればこれが一番合理的だったらしいのですが)一切考慮の対象としなかったことであります。事業の継続は、本家(出資者)の利益より優先するものと信じられていたのです。
� 宗教と企業経営
しかしこのような近代化政策は、別子の伝統的な村共同体の生活様式の崩壊をもたらしました。
葛藤し模索・反抗する民衆が、新しい生活様式に移行することを助けるため、宗教家が積極的に活用されたといわれています。具体的には瑞応寺の住職などの禅僧による山民の教化政策です。経営に宗教的な色彩を導入するのは住友の伝統的なやり方といわれています。
� 広瀬宰平の引退
このように別子銅山の近代化とリストラに成功し、大きな功績を残した広瀬ですが、その引き際は決して立派なものではなかったといわれています。四方からの「広瀬降ろし」の圧力に屈したかたちで、折からの公害問題をはじめとする別子の危機を、そのまま甥の伊庭貞剛に託して住友を去ります。
広瀬追放の本当の原因はよくわかっていません。直接的には広瀬に対する内部告発(元理事が新聞発表した公開状など)がきっかけになっています。権力にあまりに長くとどまったためか、いろいろ公私混同が目立ったことは事実のようです。本当の理由はよくわかっていません。しかし、いったん明治維新の危機を脱して成長の軌道に乗った住友にとっては、広瀬のような真性の革新的企業者よりも調整タイプの経営者の方がより安全であったのだろうとの観測もあります。
伊庭貞剛は極端な精神主義を避けて、物心両面の調和を重視した人でした。彼は部下の書類に目を通さず判を押すことで有名でした。「信頼こそが人を育てる」が口癖の、きわめて日本的、住友伝統的な人物でありました。住友は再び伝統の調和主義に復帰することになります。
2) 第二次世界大戦が終わり
� 人材の離散を防ぐ精神「財閥解体にあたり五原則」
敗戦を迎え、住友は創立以来、数百年のうちで二度目の大きな転機を迎えることになります。財閥解体です。拡張しきった各方面の事業の収拾を図るとともに、人材の離散を防ぎ、それぞれに出来るかぎり仕事を与えること。そのために新しい事業を企画すること、これが大きな命題となりました。
具体的に方針が策定されますが、その方針の第一に「海外引揚者とその家族を援護すること」が挙げられました。次に、債権者に誠実に対処すること、住友の全事業を出来るだけ滅ぼさずに転換すること、将来、民族と国家の繁栄につながるように事業を運営することと続き、最後に「極力、累を住友家に及ばさないこと」が方針とされました。
ここでも従業員の職場確保が、本家(出資者)の利益に優先されていることがわかります。明治維新直後の広瀬宰平の考え方といい、戦後の処理方針といい、住友の経営理念は、明らかに「ステークホルダー理論」そのものであったと言えると思います。
� 商社の設立
その過程で、商社の設立が決断されました。遡ることは大正9年に、時の鈴木馬左也総理事が、人材と資金の不足を理由に、厳しく商事の禁止を申し渡したことは、まだ記憶に新しかったことでした。しかし当時、国土は焦土と化し、従業員の多数が生活の道を失おうとしているという未曾有の非常事態に直面し、住友は商事部門の開設を決断します(津田久『私の住友昭和史』)。
住友の従業員を重視するという伝統的な「家」的文化風土を考えますと、この決断は、家訓に違反するどころか、むしろ本当の意味での「住友」的決断であったと言えると思います。
3 営業の要旨二箇条をどう読むか
住友の「営業の要旨」のなかに、「従業員」についての記述がないことが指摘されることがあります。しかし、今まで述べてきたような住友の伝統を考えれば、次のような文章の解釈が可能であり、むしろそれが順当とあると思われます。
すなわち、第一条に「我が住友の営業は信用を重んじ確実を旨とし、以てその強固隆盛を期すべし」とあります。ここにある「その」とは、文章的には「住友」をさします。しかしその「住友」とは、決して「住友家」のみをさすものではなく、運命共同体である「家」としての住友、ステークホルダーズ全体をさすと考えるべきではないでしょうか。
現在の日本では、企業は誰のものか、企業のコーポレート・ガバナンスは如何にあるべきか、この問題について多くの議論がなされています。住友の経営理念は、まことに古くさく封建主義的な性格は濃厚に残してはいますが、企業のステーク・ホルダーは、資本家(住友家)であり、経営者(理事)であり、従業員(手代、雇人)である、三者の関係の三位一体であるとの原則を、繰り返し主張している点において、優れて今日的なものと考えます。株主の利益が全てとは決して考えられてきませんでした。同時に、従業員や経営者の利益だけを考え、株主の利益が無視されるということもありませんでした。この三者の力の均衡をうまくマネージするスキームが、それこそ住友の経営理念であると思います。
以上
1997年7月1日火曜日
コーポレートガバナンスと企業文化
コーポレートガバナンス(企業統治)に関する議論が盛り上がりを見せている。要するに企業は誰のものか、だれが企業をコントロールするのかという問題である。これがなかなかむつかしい。
日本には、企業の中長期的な利益や従業員との関係を、短期的な業績(配当)よりも重視する独特の企業統治の伝統がある。かつてはそれが日本企業の強みともいわれてきた。しかし経済のグローバル化が進行するなか、企業統治のスタイルも英米型へ変化させ、もっと株主が企業をコントロールしやすくせねばならないと主張されるようになった。
資金不足から一転し資金余剰の時代となり、伝統的な銀行システムの企業コントロールが、機能しなくなっていることも背景にある。
しかし一方、株主だけではなく、従業員、顧客、債権者などの多くの利害関係者(ステークホルダー)の意向を尊重するべきだとの考えもまだまだ根強い。経営のチェックのために企業の中核である中間管理職を経営に参加させることを考えるべきだとする意見すらある。
このように企業統治をめぐっては多くの考え方があり、なかなかコンセンサスは得られない。英米型がよいとか、ドイツ型はどうだという議論が多いが、なにせ多様化の時代である。一般論ではなかなか割り切れないのである。
日本では株主の利益が無視されているという。しかし日本株主総会は米国の総会より強い権限を持っていることはあまり知られていない。日本の取締役会は経営トップの意のままになっていると非難される。しかし日本の取締役会が社長を罷免した例も数多く挙げることができる。社外重役のメリットが強調される。しかし米国では社外重役システムが重役の法外な高給を生みだしたと批判されている。従業員の参加が制 度化され「進歩的」とされるドイツでは、逆にこの制度の評判はきわめて悪く、大多数の企業は従業員を経営に参加させる義務のない有限会社形態を選択する。
結局は隣の庭は常に美しく見えるということかも知れない。企業統治の構造はそれぞれの国で異なるものの、なかなか完全なシステムと言えるものはない。
重要な点は、企業統治とは本質的にはミクロ問題であり、個別の企業の伝統・文化に大きく左右されることである。
例えば、住友においては、出資者、経営者、従業員などのステークホルダー間の家(イエ)的な関係が、近代・現代に至るまで濃厚に残っており、これが明治の初期や第二次大戦後の危機を乗り切るうえで大きな役割を果たしたことが知られている。このような伝統は大切にすべきだろう。一方で、同じ日本でも全く英米的な企業統治スタイルが機能している会社もある。
企業の伝統、文化は多様であり、企業統治のやり方も多様であってよい。大切なことは、個々の企業が、借り物でない自前の企業統治のシステムを、常に工夫し、決意を持って機能させることだ。
(橋本 尚幸)
日本には、企業の中長期的な利益や従業員との関係を、短期的な業績(配当)よりも重視する独特の企業統治の伝統がある。かつてはそれが日本企業の強みともいわれてきた。しかし経済のグローバル化が進行するなか、企業統治のスタイルも英米型へ変化させ、もっと株主が企業をコントロールしやすくせねばならないと主張されるようになった。
資金不足から一転し資金余剰の時代となり、伝統的な銀行システムの企業コントロールが、機能しなくなっていることも背景にある。
しかし一方、株主だけではなく、従業員、顧客、債権者などの多くの利害関係者(ステークホルダー)の意向を尊重するべきだとの考えもまだまだ根強い。経営のチェックのために企業の中核である中間管理職を経営に参加させることを考えるべきだとする意見すらある。
このように企業統治をめぐっては多くの考え方があり、なかなかコンセンサスは得られない。英米型がよいとか、ドイツ型はどうだという議論が多いが、なにせ多様化の時代である。一般論ではなかなか割り切れないのである。
日本では株主の利益が無視されているという。しかし日本株主総会は米国の総会より強い権限を持っていることはあまり知られていない。日本の取締役会は経営トップの意のままになっていると非難される。しかし日本の取締役会が社長を罷免した例も数多く挙げることができる。社外重役のメリットが強調される。しかし米国では社外重役システムが重役の法外な高給を生みだしたと批判されている。従業員の参加が制 度化され「進歩的」とされるドイツでは、逆にこの制度の評判はきわめて悪く、大多数の企業は従業員を経営に参加させる義務のない有限会社形態を選択する。
結局は隣の庭は常に美しく見えるということかも知れない。企業統治の構造はそれぞれの国で異なるものの、なかなか完全なシステムと言えるものはない。
重要な点は、企業統治とは本質的にはミクロ問題であり、個別の企業の伝統・文化に大きく左右されることである。
例えば、住友においては、出資者、経営者、従業員などのステークホルダー間の家(イエ)的な関係が、近代・現代に至るまで濃厚に残っており、これが明治の初期や第二次大戦後の危機を乗り切るうえで大きな役割を果たしたことが知られている。このような伝統は大切にすべきだろう。一方で、同じ日本でも全く英米的な企業統治スタイルが機能している会社もある。
企業の伝統、文化は多様であり、企業統治のやり方も多様であってよい。大切なことは、個々の企業が、借り物でない自前の企業統治のシステムを、常に工夫し、決意を持って機能させることだ。
(橋本 尚幸)
1997年6月2日月曜日
フランス総選挙と「社会的欧州]
昨年の秋に来日したシラク大統領の経団連におけるスピーチは実に感動的であった。フランスは、過去から続いてきた悪い習慣から脱するべく経済改革の努力を続けている。短期的には確かに痛みを伴うが、国家の百年の計を考えればどうしても今やらなくてはならないと切々と訴えた。講演後、経団連の樋口副会長から「大統領の情熱はよくわかった。でもフランス国民をどうやって説得されるのか」との質問があり、シラク大統領からは「正しいことは正しいことであり、国民が解ってくれるまで説得を繰り返すしかない」との趣旨で回答があった。
しかしフランス国民は解ってはくれなかったようだ。選挙民はシラク大統領が進める市場原理の導入を中心とする急進的な経済改革路線に明確な「ノン」を表明したのである。
欧州では伝統的に経済のグローバル化に伴う痛みの処理の仕方が、米国や日本と異なる。米国ではグローバル化の影の部分(痛み)は、国内の実質賃金の低下という形で勤労者が負担する。失業率はそれほど上昇しない。企業収益は改善する。一方、日本では、グローバル化が進行しても、失業率、実質賃金ともに安定している。痛みは企業収益の低下というかたちで企業が一手に引き受ける。そのかわり景気はなかなかよくならない。欧州では実質賃金は低下しないのは日本と同じだが失業率が急上昇する。グローバル化の痛みは失業者と失業保険(財政)が負担することになる。
変革期には米国方式が優れたやり方だと信じられている。しかし日本とか欧州のような「社会的」市場経済においては勤労者に負担をかける米国方式では、これまでの競争力の源泉であった社会構造そのものを壊してしまう危険性がある。少なくとも痛みを吸収するだけの拡大的な経済政策が必要となる。
今回のシラクの敗北は、決してワシントンポスト紙が書くようにフランス国民の「蒙昧さ」のせいではない。過去の選挙においてフランスの選挙民は驚くほど一貫して「雇用」と「成長」を支持してきた。シラクが負けたのは、むしろこのフランス国民の一貫性を軽視した英米型経済政策への反発のせいだ。
フランスばかりでなく欧州においては社会民主主義政党の政権奪取が続いている。経済グローバル化の光の部分のみならず、影の部分との対比が議論の焦点になりつつある。
そもそも、欧州の通貨統合を成功させるためには、通貨を強く維持しなければならない、そのためには緊縮財政が避けがたい、苦しいけれども我慢しようとの議論は、昭和の初期の日本で金本位制への復帰をめぐり展開された議論とよく似ている。時の大蔵大臣、井上準之助は、異常な使命感と情熱を持って、実勢レートを上回る旧平価での金本位制への復帰を主張し、円高誘導のためのデフレ政策の必要性を全国で説いてまわった。演説を聴いて感動したひとりのお婆さんが井上に向かってお賽銭を投げたとの話も残っている。しかし井上緊縮財政の結果は日本経済を未曾有の大不況に陥れるだけの結果となった。
シラク大統領が井上準之助だとは言わない。しかし文化風土や伝統を軽視した教条主義的な政策はなかなか成功しないのである。
(橋本 尚幸)
しかしフランス国民は解ってはくれなかったようだ。選挙民はシラク大統領が進める市場原理の導入を中心とする急進的な経済改革路線に明確な「ノン」を表明したのである。
欧州では伝統的に経済のグローバル化に伴う痛みの処理の仕方が、米国や日本と異なる。米国ではグローバル化の影の部分(痛み)は、国内の実質賃金の低下という形で勤労者が負担する。失業率はそれほど上昇しない。企業収益は改善する。一方、日本では、グローバル化が進行しても、失業率、実質賃金ともに安定している。痛みは企業収益の低下というかたちで企業が一手に引き受ける。そのかわり景気はなかなかよくならない。欧州では実質賃金は低下しないのは日本と同じだが失業率が急上昇する。グローバル化の痛みは失業者と失業保険(財政)が負担することになる。
変革期には米国方式が優れたやり方だと信じられている。しかし日本とか欧州のような「社会的」市場経済においては勤労者に負担をかける米国方式では、これまでの競争力の源泉であった社会構造そのものを壊してしまう危険性がある。少なくとも痛みを吸収するだけの拡大的な経済政策が必要となる。
今回のシラクの敗北は、決してワシントンポスト紙が書くようにフランス国民の「蒙昧さ」のせいではない。過去の選挙においてフランスの選挙民は驚くほど一貫して「雇用」と「成長」を支持してきた。シラクが負けたのは、むしろこのフランス国民の一貫性を軽視した英米型経済政策への反発のせいだ。
フランスばかりでなく欧州においては社会民主主義政党の政権奪取が続いている。経済グローバル化の光の部分のみならず、影の部分との対比が議論の焦点になりつつある。
そもそも、欧州の通貨統合を成功させるためには、通貨を強く維持しなければならない、そのためには緊縮財政が避けがたい、苦しいけれども我慢しようとの議論は、昭和の初期の日本で金本位制への復帰をめぐり展開された議論とよく似ている。時の大蔵大臣、井上準之助は、異常な使命感と情熱を持って、実勢レートを上回る旧平価での金本位制への復帰を主張し、円高誘導のためのデフレ政策の必要性を全国で説いてまわった。演説を聴いて感動したひとりのお婆さんが井上に向かってお賽銭を投げたとの話も残っている。しかし井上緊縮財政の結果は日本経済を未曾有の大不況に陥れるだけの結果となった。
シラク大統領が井上準之助だとは言わない。しかし文化風土や伝統を軽視した教条主義的な政策はなかなか成功しないのである。
(橋本 尚幸)
1997年5月1日木曜日
ゼロサム時代に求められる情報調査機能
昨年の10月に当部の陣容が大きく変わり、部の名称も「情報調査部」と改められてから、はやくも7カ月が経過した。新しい仕事の内容もようやく固まりつつある。この機会に、当部の仕事とその役割について、企業における本社機能、そのなかでの情報の意味にも敷衍しながら、考えるところを述べて見たい。
当部の役割は、社則の規定では「内外の政治・社会・経済・産業等に関する情報収集と分析、基本的調査」となっているが、この「基本的」という言葉がみそである。ビジネス遂行上、日常的に収集される情報とは別の観点からの、基本的で細部にとらわれない骨太の情報分析が、われわれに期待されていると理解されるからである。
企業は、実際的で具体的な当事者の情報と、ややマクロ的で第三者的な立場からの情報の二つの情報チャンネルをもつことで、はじめてバランスのとれた「複眼」的な情勢の判断が出来ることになる。
このようなダブル・チャンネルによる情報収集と分析システムは民間会社に限ったものではない。外務省においては、アジア局、北米局などの地域主管局による情報収集に並行し、全世界を横断的にカバーする国際情報局での情報分析も同じように重視されている。なぜならば地域を主管する局は、自分がその地域での政策を立案する当時者であることから、どうしてもいままでの政策により情勢判断が左右され勝ちである。利害関係のない中立的な第三者にはこのようなバイアスはない。両者の判断は必ずしも常に一致を見ることはないが、議論を通じて、全体としては間違いのない判断が可能になるのである。
ちなみにこのやり方は、イギリスの外務省の伝統に倣ったもののようだ。イギリスでは歴史的に外交官の正式ルート経由の情報に加えて情報専門機関の独自情報が重視される。これは007の小説などでも有名だが、その起源はずっと古く17世紀に遡る。エリザベス一世統治下のイギリス外交は、複数のチャンネルからなる情報網とその情報の徹底的な分析に大きな特徴があった。このシステムのおかげでスペインの無敵艦隊を打ち破り、大英帝国の全盛時代を築き上げていくことが出来たといわれている(中西輝政『大英帝国衰亡史』)。
日本経済もいま、右肩上がりの成長の時代は終わりを告げ、ゼロサムの時代に入ったといわれる。そのなかでの総花的な総合主義は、平均点すなわち業績のゼロ成長しかもたらさない。グローバル・リスクも一層に高まるなか、方向性を提示し、経営資源のより合理的配分を示唆する機能、すなわち本社機能が今まで以上に望まれている。
方向性を提示するためには、地道に情報を集め、分析し、問題の「解」を考えなければならない。単なる評論家にとどまることなく、総合商社というダイナミックな企業組織の一機能として、情報を収集し分析し、「解」を考える材料を用意することは当部の重要な役割であると考える。
「解」とは「ビジョン」でもある。企業レベルにとどまらず産業レベルでこれを考えれば、業界のなかでの総合商社のリーダーシップの在り方にもつながってくるように思う。
(橋本 尚幸)
当部の役割は、社則の規定では「内外の政治・社会・経済・産業等に関する情報収集と分析、基本的調査」となっているが、この「基本的」という言葉がみそである。ビジネス遂行上、日常的に収集される情報とは別の観点からの、基本的で細部にとらわれない骨太の情報分析が、われわれに期待されていると理解されるからである。
企業は、実際的で具体的な当事者の情報と、ややマクロ的で第三者的な立場からの情報の二つの情報チャンネルをもつことで、はじめてバランスのとれた「複眼」的な情勢の判断が出来ることになる。
このようなダブル・チャンネルによる情報収集と分析システムは民間会社に限ったものではない。外務省においては、アジア局、北米局などの地域主管局による情報収集に並行し、全世界を横断的にカバーする国際情報局での情報分析も同じように重視されている。なぜならば地域を主管する局は、自分がその地域での政策を立案する当時者であることから、どうしてもいままでの政策により情勢判断が左右され勝ちである。利害関係のない中立的な第三者にはこのようなバイアスはない。両者の判断は必ずしも常に一致を見ることはないが、議論を通じて、全体としては間違いのない判断が可能になるのである。
ちなみにこのやり方は、イギリスの外務省の伝統に倣ったもののようだ。イギリスでは歴史的に外交官の正式ルート経由の情報に加えて情報専門機関の独自情報が重視される。これは007の小説などでも有名だが、その起源はずっと古く17世紀に遡る。エリザベス一世統治下のイギリス外交は、複数のチャンネルからなる情報網とその情報の徹底的な分析に大きな特徴があった。このシステムのおかげでスペインの無敵艦隊を打ち破り、大英帝国の全盛時代を築き上げていくことが出来たといわれている(中西輝政『大英帝国衰亡史』)。
日本経済もいま、右肩上がりの成長の時代は終わりを告げ、ゼロサムの時代に入ったといわれる。そのなかでの総花的な総合主義は、平均点すなわち業績のゼロ成長しかもたらさない。グローバル・リスクも一層に高まるなか、方向性を提示し、経営資源のより合理的配分を示唆する機能、すなわち本社機能が今まで以上に望まれている。
方向性を提示するためには、地道に情報を集め、分析し、問題の「解」を考えなければならない。単なる評論家にとどまることなく、総合商社というダイナミックな企業組織の一機能として、情報を収集し分析し、「解」を考える材料を用意することは当部の重要な役割であると考える。
「解」とは「ビジョン」でもある。企業レベルにとどまらず産業レベルでこれを考えれば、業界のなかでの総合商社のリーダーシップの在り方にもつながってくるように思う。
(橋本 尚幸)
1997年4月2日水曜日
市場経済システムは万能か?
クアンタム・ファンドで有名な、大胆にして緻密な投機戦略家のジョージ・ソロスが、アトランティック・マンスリー誌に『資本主義の脅威』と題する論文を発表し話題を呼んでいる。行きすぎた市場経済システムは伝統的な社会価値を破壊する可能性がある、「よい社会」とは単純な市場原理だけでは実現しないと、ベルグソン、ハイエクなども引用して繰り広げる彼の議論は、現代の市場メカニズムに精通し、そこから巨万の富を稼ぎ出すソロスがいうだけに意外性に富む。
ソロスのこの論文に限らず、昨今、いままで万能と見られてきた自由主義・市場経済を通じる問題解決の方法は果たして最善のものなのかとの疑問があちこちで見られるようになった。市場経済システムの一番の問題点はどうしても一時的には「行きすぎ」とならざるをえず、必ず後でその反動が来ることである。日本経済も全員が市場の亡者となったバブル時代の熱狂は今や遠くに去り、長きに渡る低迷を続けている。
この上なく力強い成長を続けたかに見えるアジアのいくつかの国でもバブルの終焉が現実のものとなりつつある。市場経済の歴史とはバブルの形成とその反動の繰り返しの歴史に他ならない。しかし何故バブルが発生するのか、どうして市場経済システムは懲りずに行きすぎを繰り返すのか、納得の行く説明はなかなかないのである。
その意味で、今般イングランド銀行が発表した金融機関のディーラーに対するボーナス制度に関する報告書は、一見してきわめて地味で技術的な問題を取り扱ったように見えるものの、市場経済メカニズムのロコモーティブ・パワーであるインセンティブ制度そのものに市場の「行きすぎ」をもたらすメカニズムが組み込まれていることを明らかにした点で興味深い。市場経済においてバブルはなぜ不可避なのかについて、一つのヒントを提供してくれるように思う。
報告書によればトレーダーへの報酬インセンティブがプラスとマイナスで非対称になっているのが問題という。トレーダーのボーナスがきわめて高額になっていることは有名だが、一方で失敗した場合でも、向こう傷を問われない場合が多い。最悪、首になるだけだが、首になっても同業他社から幾らでも拾ってもらえるので生活には困らない、つまりポジティブ・インセンティブとネガティブ・インセンティブが(信賞必罰が)非対称的になっている結果、全体としては常にリスクを増大させても儲ける可能性のある方向にインセンティブが働くというのだ。
すぐに気がつくが、これは金融取引におけるボーナスに限ったものではなく、セーフティーネットが整備された現代社会においては、あらゆる事業分野において観察できるように思う。それが常に経済の行き過ぎと反動をもたらしている可能性がある。
日本型資本主義が行き詰まった今、アメリカ型資本主義が今や唯一正しいものであると喧伝されている。確かによい点は多々あることは否定しないがアメリカ式資本主義にも問題はある。ちなみに今回のイングランド銀行が提言している新しいインセンティブ・システムとは、今まで「日本型」と呼ばれた企業システムにむしろよく似ているのである。
(橋本 尚幸)
ソロスのこの論文に限らず、昨今、いままで万能と見られてきた自由主義・市場経済を通じる問題解決の方法は果たして最善のものなのかとの疑問があちこちで見られるようになった。市場経済システムの一番の問題点はどうしても一時的には「行きすぎ」とならざるをえず、必ず後でその反動が来ることである。日本経済も全員が市場の亡者となったバブル時代の熱狂は今や遠くに去り、長きに渡る低迷を続けている。
この上なく力強い成長を続けたかに見えるアジアのいくつかの国でもバブルの終焉が現実のものとなりつつある。市場経済の歴史とはバブルの形成とその反動の繰り返しの歴史に他ならない。しかし何故バブルが発生するのか、どうして市場経済システムは懲りずに行きすぎを繰り返すのか、納得の行く説明はなかなかないのである。
その意味で、今般イングランド銀行が発表した金融機関のディーラーに対するボーナス制度に関する報告書は、一見してきわめて地味で技術的な問題を取り扱ったように見えるものの、市場経済メカニズムのロコモーティブ・パワーであるインセンティブ制度そのものに市場の「行きすぎ」をもたらすメカニズムが組み込まれていることを明らかにした点で興味深い。市場経済においてバブルはなぜ不可避なのかについて、一つのヒントを提供してくれるように思う。
報告書によればトレーダーへの報酬インセンティブがプラスとマイナスで非対称になっているのが問題という。トレーダーのボーナスがきわめて高額になっていることは有名だが、一方で失敗した場合でも、向こう傷を問われない場合が多い。最悪、首になるだけだが、首になっても同業他社から幾らでも拾ってもらえるので生活には困らない、つまりポジティブ・インセンティブとネガティブ・インセンティブが(信賞必罰が)非対称的になっている結果、全体としては常にリスクを増大させても儲ける可能性のある方向にインセンティブが働くというのだ。
すぐに気がつくが、これは金融取引におけるボーナスに限ったものではなく、セーフティーネットが整備された現代社会においては、あらゆる事業分野において観察できるように思う。それが常に経済の行き過ぎと反動をもたらしている可能性がある。
日本型資本主義が行き詰まった今、アメリカ型資本主義が今や唯一正しいものであると喧伝されている。確かによい点は多々あることは否定しないがアメリカ式資本主義にも問題はある。ちなみに今回のイングランド銀行が提言している新しいインセンティブ・システムとは、今まで「日本型」と呼ばれた企業システムにむしろよく似ているのである。
(橋本 尚幸)
1997年3月3日月曜日
「眠り口銭」について考える
「総合商社は斜陽であるか」と題する論文が論議をよんだのは60年代のはじめであった。これ自体は既に歴史上の出来事であり、いまや記憶している人も少なくなったが、商社マンどうしで話していて、いまだにこの種の議論に遭遇することがあり驚かされる。日本経済の先行き不透明感が「総合商社も果たしてこのままでいいのか」という危機意識につながっているのだろう。
とりわけ問題視されるのは「眠り口銭」取引というもので、この言葉はほとんど禁句に近い。商社マンは「眠り口銭」などとんでもない、商社はこんな機能を提供しているのだとむきになるのが普通である。でも列挙される「商社機能」を具体的にブレークダウンして、その対価を専門会社に分離発注したとしてコストを積み上げてゆくと往々にして矛盾が出てくる。最後はまあまあで終わるがこれは問題である。
誤解のないようにいっておくが商社機能の強化が望まれると常識論をいっているのではない。ましてや商社無用論を展開しているのでもない。商社マンが自分が担当する取引について、商社の介在の正当性をきっちりと説明できない場合があることを問題視しているのである。新入社員も入ってくる。若手の商社マンももっと理論武装をする必要がある。
考えるに、商社の受取口銭を現時点で商社が提供しているサービスの量でのみ説明しようとするからいろいろ無理が生じるように思う。商社の口銭は現在と過去、さらに“未来への期待”というの三つの時点にまたがる商社サービスの対価であるが、とりわけ過去のサービスに対する報酬という性格が強いからである。
商社の最も基本的な役割に取引関係の構築がある。そのため商社は多大の先行投資もし苦労に苦労を重ねて数多くの取引関係を作り上げてきた。苦労のすえ考えついたという点でそれは知的所有権にも似ている。このような参加者全員にメリットを与える取引においては、関係者が享受しているメリットの一部をこの取引関係を創案して実現させた商社に口銭として支払うことになる。取引関係の普請代が分割延べ払いになっているとも言え、商流のなかの商社サービスだけでこれを説明しようとすると「眠り口銭」のように見えるのである。
人が作り出すすべての商品の例にもれず、商社が工夫し、提案し、ようやく実現させた取引関係にもライフサイクルがある。はじめのうちは関係者すべてに多大のメリットをもたらしたものだが、徐々に成熟し古くなり陳腐化していく。
そこで商社マンがやらねばならないことは、陳腐化して旧式になった取引関係にむやみにしがみつき、抽象的な商社機能をむきになって主張するのではなく、もっと未来を指向し、有利で新しい取引関係を工夫し、関係者に提案し、実現させ、取引関係に新陳代謝を図ることではないか。
グローバル化のなかで、産業構造は大きく変化している。世界中の企業にとって、新しい時代に適応するため、アウトソーシング化も含めた革新的な取引関係の構築が課題となっている。取引関係の創造者である商社への期待はますます高まっている。
とりわけ問題視されるのは「眠り口銭」取引というもので、この言葉はほとんど禁句に近い。商社マンは「眠り口銭」などとんでもない、商社はこんな機能を提供しているのだとむきになるのが普通である。でも列挙される「商社機能」を具体的にブレークダウンして、その対価を専門会社に分離発注したとしてコストを積み上げてゆくと往々にして矛盾が出てくる。最後はまあまあで終わるがこれは問題である。
誤解のないようにいっておくが商社機能の強化が望まれると常識論をいっているのではない。ましてや商社無用論を展開しているのでもない。商社マンが自分が担当する取引について、商社の介在の正当性をきっちりと説明できない場合があることを問題視しているのである。新入社員も入ってくる。若手の商社マンももっと理論武装をする必要がある。
考えるに、商社の受取口銭を現時点で商社が提供しているサービスの量でのみ説明しようとするからいろいろ無理が生じるように思う。商社の口銭は現在と過去、さらに“未来への期待”というの三つの時点にまたがる商社サービスの対価であるが、とりわけ過去のサービスに対する報酬という性格が強いからである。
商社の最も基本的な役割に取引関係の構築がある。そのため商社は多大の先行投資もし苦労に苦労を重ねて数多くの取引関係を作り上げてきた。苦労のすえ考えついたという点でそれは知的所有権にも似ている。このような参加者全員にメリットを与える取引においては、関係者が享受しているメリットの一部をこの取引関係を創案して実現させた商社に口銭として支払うことになる。取引関係の普請代が分割延べ払いになっているとも言え、商流のなかの商社サービスだけでこれを説明しようとすると「眠り口銭」のように見えるのである。
人が作り出すすべての商品の例にもれず、商社が工夫し、提案し、ようやく実現させた取引関係にもライフサイクルがある。はじめのうちは関係者すべてに多大のメリットをもたらしたものだが、徐々に成熟し古くなり陳腐化していく。
そこで商社マンがやらねばならないことは、陳腐化して旧式になった取引関係にむやみにしがみつき、抽象的な商社機能をむきになって主張するのではなく、もっと未来を指向し、有利で新しい取引関係を工夫し、関係者に提案し、実現させ、取引関係に新陳代謝を図ることではないか。
グローバル化のなかで、産業構造は大きく変化している。世界中の企業にとって、新しい時代に適応するため、アウトソーシング化も含めた革新的な取引関係の構築が課題となっている。取引関係の創造者である商社への期待はますます高まっている。
1997年2月3日月曜日
円安で一息ついた国内景気
もうずいぶん昔のことだが、あるイギリス人から、国際経済を司る「神様」の話を聞いたことがある。
貿易ビジネスに勝敗はつきものだが、特定の国がいつも勝ってばかりいたり、また逆に負けてばかりいると、ゲームは続けられない。神様はいつも上でみていて、調子に乗って勝ち続けるものがおれば、出てきてお懲らしめになるし、負けが込んでいて苦しんでいるものがいると、来て助けてくださる。だから新興工業国の台頭があっても国際社会の序列は簡単には変わらない。その神様こそが為替レートなのだという話であった。
単純すぎる話かもしれない。しかし裏には何世紀にわたって新興工業国の挑戦を退け続けてきたアングロ・サクソンの歴史の重みがあり、なかなか説得力があった。為替はなぜ変動するか、いろいろ屁理屈を付けて説明できないこともないが、この話が今のところ一番私の趣味に合致している。
最近の急速な円安の進行で、日本国内に不安感と悲観論が広がっている。でもこれは過去の行きすぎた円高を是正しようとする「為替の神様」の意思と考え、もっと素直に喜んでよいのではないか。現に着々と円安の好影響が出てきている。
まず貿易動向であるが、輸入数量は横ばいが続くなかで、輸出数量は96年初から約10%の伸びを示している。その結果、貿易黒字は96年の第2四半期を底として2四半期連続の増加となった。
背景に円安があることは勿論である。為替の変動がどれくらいのタイムラグをおいて貿易に影響を与えるのか、過去の例を見ると約1年半から2年かかっている。今回の円安は95年の第2四半期からで、まだ一年しか経っていない。本格的な黒字拡大はむしろこれからと考えるべきであろう。失速寸前の国内景気にとってまさに恵みの雨となる。(またぞろ貿易黒字が膨れ上がると通商摩擦を心配する向きもあるが、いまの日本にとって最も大切な国際的責務は、自国のリセッションを回避することである)
さらに対外直接投資の対内直接投資(国内設備投資)への振り替えがある。日本産業の海外移転は構造的な基調であり少々為替が円安に戻ったとしても簡単には変わらない。現に96年の対外直接投資はまだ増加基調が続いており、円安が対外直接投資を減少させるまでには至っていない。しかし前回89年の円安進行期には約2年後の91年に海外直接投資の減少が観察された。タイムラグは2年とすると、今回は年央あたりから日本の海外直接投資は減少に転ずることになる。そのうち相当分は国内の設備投資にまわると考えられ景気にはプラスの効果がある。
円安の景気浮揚効果は定量的にどのくらいかだが、120円/ドルが続くとしてモデルで計算をすると、当部の年末の97年度の予測成長率1・5%(前提レート107円)は、2・2%に上方修正されることになる。これはもう立派な巡航速度といってもよい。
経済モデルは万能ではない。しかし実体経済はだいたい理屈通りに動くものだ。行きすぎは必ず「為替の神様」が是正してくれるのである。
橋本尚幸
貿易ビジネスに勝敗はつきものだが、特定の国がいつも勝ってばかりいたり、また逆に負けてばかりいると、ゲームは続けられない。神様はいつも上でみていて、調子に乗って勝ち続けるものがおれば、出てきてお懲らしめになるし、負けが込んでいて苦しんでいるものがいると、来て助けてくださる。だから新興工業国の台頭があっても国際社会の序列は簡単には変わらない。その神様こそが為替レートなのだという話であった。
単純すぎる話かもしれない。しかし裏には何世紀にわたって新興工業国の挑戦を退け続けてきたアングロ・サクソンの歴史の重みがあり、なかなか説得力があった。為替はなぜ変動するか、いろいろ屁理屈を付けて説明できないこともないが、この話が今のところ一番私の趣味に合致している。
最近の急速な円安の進行で、日本国内に不安感と悲観論が広がっている。でもこれは過去の行きすぎた円高を是正しようとする「為替の神様」の意思と考え、もっと素直に喜んでよいのではないか。現に着々と円安の好影響が出てきている。
まず貿易動向であるが、輸入数量は横ばいが続くなかで、輸出数量は96年初から約10%の伸びを示している。その結果、貿易黒字は96年の第2四半期を底として2四半期連続の増加となった。
背景に円安があることは勿論である。為替の変動がどれくらいのタイムラグをおいて貿易に影響を与えるのか、過去の例を見ると約1年半から2年かかっている。今回の円安は95年の第2四半期からで、まだ一年しか経っていない。本格的な黒字拡大はむしろこれからと考えるべきであろう。失速寸前の国内景気にとってまさに恵みの雨となる。(またぞろ貿易黒字が膨れ上がると通商摩擦を心配する向きもあるが、いまの日本にとって最も大切な国際的責務は、自国のリセッションを回避することである)
さらに対外直接投資の対内直接投資(国内設備投資)への振り替えがある。日本産業の海外移転は構造的な基調であり少々為替が円安に戻ったとしても簡単には変わらない。現に96年の対外直接投資はまだ増加基調が続いており、円安が対外直接投資を減少させるまでには至っていない。しかし前回89年の円安進行期には約2年後の91年に海外直接投資の減少が観察された。タイムラグは2年とすると、今回は年央あたりから日本の海外直接投資は減少に転ずることになる。そのうち相当分は国内の設備投資にまわると考えられ景気にはプラスの効果がある。
円安の景気浮揚効果は定量的にどのくらいかだが、120円/ドルが続くとしてモデルで計算をすると、当部の年末の97年度の予測成長率1・5%(前提レート107円)は、2・2%に上方修正されることになる。これはもう立派な巡航速度といってもよい。
経済モデルは万能ではない。しかし実体経済はだいたい理屈通りに動くものだ。行きすぎは必ず「為替の神様」が是正してくれるのである。
橋本尚幸
1997年1月6日月曜日
「民活」が必要な国内景気
景気予測の季節になった。毎年この時期には、簡易モデルなどによるマクロ的な予測作業に並行して、実際に商売をする営業部門がどう景気を見ているか、時間をかけじっくりとヒアリングをすることにしている。
なにせ総合商社の取扱品目は2万点を超える。それぞれの商品にはそれぞれの業界がある。業界ごとにその道何十年の商社マンがいる。こういった第一線の情報を丹念に聞くことで、統計数字だけではわからない日本経済の生の姿が正確に見えてくる。
さて、そうやって聞き取った景況感であるが、なかなかきびしいものであった。統計の数字をみる限りでは、景気は緩やかな回復と読めるが、実態はそれほど楽観できないとの印象を受けた。
まず第一に業界の満足感がまだまだ低いということ。通常の景気回復期には絶好調で自信に満ちあふれている業界があるものだが、今回はそんなことはない。よいところもあるが、好況感も「ちゅうくらい」なのだ。
二つ目は先行き不透明感である。いま調子の良い業界でも現在の好況が来年度も継続することには確信が持てずにいる。
三つ目は「まだら模様」という点である。晴れの業種や曇りの業種というように、業種によってまだら模様がみられるのは毎度のことである。しかし今回は、この業種ごとのまだら模様に加え、品種によるまだら模様、企業によるまだら模様と、まだらが三つどもえに複雑に入り込んでいるのが特徴である。背景には日本産業の大きな構造変化がある。いろんなレベルでの激しい競争が続き、いよいよ勝者と敗者の区別がはっきりしてきているとの印象である。
このような景気の基調の弱さは、計数的アプローチでも裏付けられる。経済調査チームで作業したが、来年度の実質経済成長率の予測値は1.5%となった。公共投資の息切れ、消費税率のアップ、特別減税の打ち切りで、来年度は7兆円程度のデフレ効果は避けられない。外需などの一部の需要項目の好転が期待できるものの、実質成長率は1%台とならざるを得ない。日本経済の潜在成長率を計算すると2.5%程度となるので、来年度の成長率が1.5%ということは、来年度だけで実現できた筈のGDPの1%(5兆円)の財・サービスを無駄にすることになる。
日本産業は大きな構造調整の真っ直中にある。調整の痛みは、対症療法ではなく経済全体の「パイの拡大」のなかで癒されるのが望ましい。経済の構造調整を促進するためにも、もっと高い成長率が指向されねばならない。
しかし財政赤字が積み上がる中、非効率な公共投資は増やせない事情がある。日本の貧困な社会資本はなかなか充実されない。一方で低金利にも拘わらず、需要の低迷、先行き不安から、民間の貯蓄は国内での設備投資にまわらず海外に向かう。
政府の公共投資を毎年1兆円づつ効率の良い民間投資に振りかえるだけで、実質成長率は年々0.6%アップするという興味深い試算がある(日経センターの生産関数モデル)。社会資本の整備の「民活」化を加速させるべきである。景気も、この国の将来も、これにかかっているのではないか。
(橋本 尚幸)
なにせ総合商社の取扱品目は2万点を超える。それぞれの商品にはそれぞれの業界がある。業界ごとにその道何十年の商社マンがいる。こういった第一線の情報を丹念に聞くことで、統計数字だけではわからない日本経済の生の姿が正確に見えてくる。
さて、そうやって聞き取った景況感であるが、なかなかきびしいものであった。統計の数字をみる限りでは、景気は緩やかな回復と読めるが、実態はそれほど楽観できないとの印象を受けた。
まず第一に業界の満足感がまだまだ低いということ。通常の景気回復期には絶好調で自信に満ちあふれている業界があるものだが、今回はそんなことはない。よいところもあるが、好況感も「ちゅうくらい」なのだ。
二つ目は先行き不透明感である。いま調子の良い業界でも現在の好況が来年度も継続することには確信が持てずにいる。
三つ目は「まだら模様」という点である。晴れの業種や曇りの業種というように、業種によってまだら模様がみられるのは毎度のことである。しかし今回は、この業種ごとのまだら模様に加え、品種によるまだら模様、企業によるまだら模様と、まだらが三つどもえに複雑に入り込んでいるのが特徴である。背景には日本産業の大きな構造変化がある。いろんなレベルでの激しい競争が続き、いよいよ勝者と敗者の区別がはっきりしてきているとの印象である。
このような景気の基調の弱さは、計数的アプローチでも裏付けられる。経済調査チームで作業したが、来年度の実質経済成長率の予測値は1.5%となった。公共投資の息切れ、消費税率のアップ、特別減税の打ち切りで、来年度は7兆円程度のデフレ効果は避けられない。外需などの一部の需要項目の好転が期待できるものの、実質成長率は1%台とならざるを得ない。日本経済の潜在成長率を計算すると2.5%程度となるので、来年度の成長率が1.5%ということは、来年度だけで実現できた筈のGDPの1%(5兆円)の財・サービスを無駄にすることになる。
日本産業は大きな構造調整の真っ直中にある。調整の痛みは、対症療法ではなく経済全体の「パイの拡大」のなかで癒されるのが望ましい。経済の構造調整を促進するためにも、もっと高い成長率が指向されねばならない。
しかし財政赤字が積み上がる中、非効率な公共投資は増やせない事情がある。日本の貧困な社会資本はなかなか充実されない。一方で低金利にも拘わらず、需要の低迷、先行き不安から、民間の貯蓄は国内での設備投資にまわらず海外に向かう。
政府の公共投資を毎年1兆円づつ効率の良い民間投資に振りかえるだけで、実質成長率は年々0.6%アップするという興味深い試算がある(日経センターの生産関数モデル)。社会資本の整備の「民活」化を加速させるべきである。景気も、この国の将来も、これにかかっているのではないか。
(橋本 尚幸)
1996年11月18日月曜日
インフレを考える
1996.11.18
FRBの金融政策に関連してかなり突っ込んだ議論が繰り広げられている。アメリカの景気を過熱気味と見るのかどうか、われわれが使っている経済指標は信頼できる指標なのかにまで踏み込んで議論されている。以下、その議論の内容と政策インプリケーションを説明する。
1. 成長重視/金融緩和論者
消費者物価指数は実際の水準より高めに出ている(実際のインフレ率は統計数字より低い)、また、生産性上昇率は実際の上昇率より低めに出ている(実際の生産性の上昇率は統計数字より高い)。よって現実のアメリカ経済の供給力(潜在成長率 )は考えられている以上に高い水準にあり、インフレの危険性は見かけよりも少ない、との主張である 。
この主張は、FRBは金融緩和を行い、もっと高めの実質経済成長率を目指すべきである、それをやってもインフレにはならないとの議論につながってくる。FRBのグリーンスパン議長もこれに似た考え方を持っており 、結局FRBは、金利の引き上げ、金融引き締めは必要ないとの判断になった。
統計が実態と乖離しはじめた理由は、1)製品やサービスの質の改善が物価統計に十分反映されないこと(コンピュータの価格の例 )、2)低価格品(ディスカウント店)への消費者の好みのシフトを物価統計が捉えきれない部分があること(西友物価指数の例 )などとされている。
大きな背景には、経済のグローバル化があるとされる。安い輸入品が幾らでも入ってくること、安い輸入品との競争で国内生産物の値上げがやりにくいことなど。また従来、製造業の設備稼働率が80%を超えるとインフレの危険性があると言われたが、経済のグローバル化に伴い、単なる一国ベースの設備稼働率は意味が無くなってきていることも事実である 。「インフレは死火山となった 」という極端な主張もある。
2. この議論の問題点の指摘
この議論に対してはいろいろ反論が出されており、なかでもポール・クルーグマンが繰り広げたエコノミスト誌の論文 が注目される。
すなわち、確かに物価の測定は難しく、実際の水準より高めに出ていることがあるかも知れない(実際にどの程度高めに出るのかは別にして)。そのため実質生産性の推計も実際よりも低めに出ているかも知れない。(名目のアウトプットを物価水準でデフレート(割り算)して実質生産性上昇率を計算するから)その結果、潜在成長率も従来考えられていた以上に高いかも知れない(言われている数字「2.5%」以上であるのかも知れない)。
しかし、もし現在の物価統計が高めに出ているのであれば、現在の実質経済成長率も実際より低めに評価推計されていることになる。(名目の成長率を物価水準でデフレートしたのが実質成長率であるので、物価がもっと低いというのであれば現在の成長率はもっと高いはず)すなわち成長重視論者が主張する「高めの成長率」は“現時点で既に”実現していることになるとの主張である。
また物価水準にしても、たしかに「質」が問題であるが、現実に質の向上、安物へのシフトを具体的にどう反映させるのかは難しい問題である。「安物」はやはり「安物」であり、安物へのシフトは消費者がこれで辛抱させられているということでもある。「質」の向上も生産者の立場に立った主張であることが多く、消費者に本当にそれが評価されているかどうかは別問題であると思われる。
グローバル化の問題だが、輸入がGDPに占める割合は13%にしか過ぎない。付加価値の60%以上 、雇用の75% が非貿易財(サービス、政府業務、建設)で生み出されている。現実に、米国にとっての最大の貿易相手国である日本の93年から95年にかけての大きな円高にも拘わらず、米国の物価水準は上昇しなかった 。グローバル化は言われているほど国内物価に影響を与えない。(日本の内外価格差も解消しない)
3. 物価安定至上主義(ゼロ・インフレ論)について
各国の中央銀行はインフレは「絶対の悪」との考え方を「建て前」としている。インフレは自由経済で一番重要である市場の価格メカニズムを破壊する。インフレの中では企業は市場からの価格のシグナルを探知することが難しくなり、経済の価格メカニズムが正常に機能しなくなる。また供給面を捉えても企業の前向きの技術革新や生産性向上による小さな利幅上昇がインフレの中で埋没することで企業努力を無意味なものにすることになると主張する 。
しかしそうは言っても何がなんでもインフレをゼロにすべきだと言うのは現実的ではない。「ゼロ・インフレ」は望ましいものの、それを追求するために払わねばならないコストは膨大であり、マイルドなインフレのコストよりも大きい可能性がある 。さらに賃金の下方硬直性を考えれば、マイルドなインフレ下での方が、産業間の賃金水準の適正化がやりやすい 、ということもある。
4. 結論的に言って
ドグマティックでない現実的な対応が望まれる。FRBも建て前は別にすると現実の政策ではマイルドなインフレはある程度容認していくような現実的な政策を採っているように見える。
「インフレは死んだ」と断言するのは未だ早い。ただ経済の構造変化が従来のクライテリアを変化させていることは事実である。最適の失業率とインフレの組み合わせ、設備稼働率とインフレの組み合わせ、また潜在成長率の数字自体も、新しい現実に合わせて推計していくことが必要となっている。
FRBの金融政策に関連してかなり突っ込んだ議論が繰り広げられている。アメリカの景気を過熱気味と見るのかどうか、われわれが使っている経済指標は信頼できる指標なのかにまで踏み込んで議論されている。以下、その議論の内容と政策インプリケーションを説明する。
1. 成長重視/金融緩和論者
消費者物価指数は実際の水準より高めに出ている(実際のインフレ率は統計数字より低い)、また、生産性上昇率は実際の上昇率より低めに出ている(実際の生産性の上昇率は統計数字より高い)。よって現実のアメリカ経済の供給力(潜在成長率 )は考えられている以上に高い水準にあり、インフレの危険性は見かけよりも少ない、との主張である 。
この主張は、FRBは金融緩和を行い、もっと高めの実質経済成長率を目指すべきである、それをやってもインフレにはならないとの議論につながってくる。FRBのグリーンスパン議長もこれに似た考え方を持っており 、結局FRBは、金利の引き上げ、金融引き締めは必要ないとの判断になった。
統計が実態と乖離しはじめた理由は、1)製品やサービスの質の改善が物価統計に十分反映されないこと(コンピュータの価格の例 )、2)低価格品(ディスカウント店)への消費者の好みのシフトを物価統計が捉えきれない部分があること(西友物価指数の例 )などとされている。
大きな背景には、経済のグローバル化があるとされる。安い輸入品が幾らでも入ってくること、安い輸入品との競争で国内生産物の値上げがやりにくいことなど。また従来、製造業の設備稼働率が80%を超えるとインフレの危険性があると言われたが、経済のグローバル化に伴い、単なる一国ベースの設備稼働率は意味が無くなってきていることも事実である 。「インフレは死火山となった 」という極端な主張もある。
2. この議論の問題点の指摘
この議論に対してはいろいろ反論が出されており、なかでもポール・クルーグマンが繰り広げたエコノミスト誌の論文 が注目される。
すなわち、確かに物価の測定は難しく、実際の水準より高めに出ていることがあるかも知れない(実際にどの程度高めに出るのかは別にして)。そのため実質生産性の推計も実際よりも低めに出ているかも知れない。(名目のアウトプットを物価水準でデフレート(割り算)して実質生産性上昇率を計算するから)その結果、潜在成長率も従来考えられていた以上に高いかも知れない(言われている数字「2.5%」以上であるのかも知れない)。
しかし、もし現在の物価統計が高めに出ているのであれば、現在の実質経済成長率も実際より低めに評価推計されていることになる。(名目の成長率を物価水準でデフレートしたのが実質成長率であるので、物価がもっと低いというのであれば現在の成長率はもっと高いはず)すなわち成長重視論者が主張する「高めの成長率」は“現時点で既に”実現していることになるとの主張である。
また物価水準にしても、たしかに「質」が問題であるが、現実に質の向上、安物へのシフトを具体的にどう反映させるのかは難しい問題である。「安物」はやはり「安物」であり、安物へのシフトは消費者がこれで辛抱させられているということでもある。「質」の向上も生産者の立場に立った主張であることが多く、消費者に本当にそれが評価されているかどうかは別問題であると思われる。
グローバル化の問題だが、輸入がGDPに占める割合は13%にしか過ぎない。付加価値の60%以上 、雇用の75% が非貿易財(サービス、政府業務、建設)で生み出されている。現実に、米国にとっての最大の貿易相手国である日本の93年から95年にかけての大きな円高にも拘わらず、米国の物価水準は上昇しなかった 。グローバル化は言われているほど国内物価に影響を与えない。(日本の内外価格差も解消しない)
3. 物価安定至上主義(ゼロ・インフレ論)について
各国の中央銀行はインフレは「絶対の悪」との考え方を「建て前」としている。インフレは自由経済で一番重要である市場の価格メカニズムを破壊する。インフレの中では企業は市場からの価格のシグナルを探知することが難しくなり、経済の価格メカニズムが正常に機能しなくなる。また供給面を捉えても企業の前向きの技術革新や生産性向上による小さな利幅上昇がインフレの中で埋没することで企業努力を無意味なものにすることになると主張する 。
しかしそうは言っても何がなんでもインフレをゼロにすべきだと言うのは現実的ではない。「ゼロ・インフレ」は望ましいものの、それを追求するために払わねばならないコストは膨大であり、マイルドなインフレのコストよりも大きい可能性がある 。さらに賃金の下方硬直性を考えれば、マイルドなインフレ下での方が、産業間の賃金水準の適正化がやりやすい 、ということもある。
4. 結論的に言って
ドグマティックでない現実的な対応が望まれる。FRBも建て前は別にすると現実の政策ではマイルドなインフレはある程度容認していくような現実的な政策を採っているように見える。
「インフレは死んだ」と断言するのは未だ早い。ただ経済の構造変化が従来のクライテリアを変化させていることは事実である。最適の失業率とインフレの組み合わせ、設備稼働率とインフレの組み合わせ、また潜在成長率の数字自体も、新しい現実に合わせて推計していくことが必要となっている。
1996年10月2日水曜日
日本経済の現状と今後の総合商社の役割について
1996.10.2
I.歴史の転換点に立つ日本経済
○日本経済は歴史的な転換点に立っている。これは産業革命や、第一次世界大戦後の日本経済の混乱に匹敵するような節目である。この変化は1990年代に入ってから始まったものだが、いまはほんの序の口であり、この混乱は今後まだまだ続く。21世紀にかけては変化の時代となる。
○さらに、現代は変化のスピードが加速されている。古代は1000年ごとに時代の節目がめぐってきたとすると、中世ではそれが500年単位となり、近世では100年ごととなった。戦後の日本経済では、20年単位で節目といえるような大きな変化が発生している。時代の目盛りが「普通目盛り」から「対数目盛」に変わったかのようだ。
○今まで危機や不況は何度もあった。そのたびに日本経済は工夫してそれを乗り越えて新しく発展してきた。今回もこれまでのように辛抱して頑張れば、やがて明かりが見えてくることに期待できればよいのだが、どうもそういうことはないようだ。いま起こっていることは循環的な変化ではなく構造的なものだ。従来のような循環的な状況の好転は期待できない。構造的な変化、調整には、つねに痛みや摩擦がともなう。この痛み、摩擦は来世紀にかけて長く続くことになる。
○しかし一方で、変化はチャンスである。変化にともなうビジネスチャンスも今後長期間にわたり存在することを忘れてはならない。プラス面とマイナス面、攻める面と守る面の二つの「正面」で、われわれは変化に備える陣を布かねばならない。
II.構造変化の方向性
○大変な時代ではあるが、先行きの方向性が不透明で見えないということはない。むしろ今後の日本経済が進む方向ついての一致した見方(コンセンサス)が定着してきている。すなわち、1)世界経済のグローバル化、ボーダレス化にともない、世界は地球的規模の大競争の時代に突入すること、2)この大競争の時代には、国境を越えた産業の再編成が否応なしに進むこと、3)従来、有形・無形の手段(規制や取引慣行)で自由競争の荒波から保護されていた効率性の低い産業は、規制緩和による市場の自由化、透明化を通じて鍛えられ、淘汰されること、4)経済の新たな発展のためには創造性に富んだ新しい産業が輩出してくる必要があるが、そのためには規制緩和を通じて自由で透明な競争社会の構築が望まれているということ、などである。これについてはコンセンサスが形成されているのではないか。
III.構造調整の諸問題(強者と弱者の二極分化、不平等、摩擦)
○でもこのような変化の時代、転換点においては、社会的、産業的な調整の痛みが発生する。なかでもこの大競争の時代においては、競争への参加者の数が段違いに増えるために、強者にとってはこの上のないチャンスであるが、弱者にとっては非常に惨めなものとなる。先進国の弱小産業や特別な特殊技能を持たない労働者は、発展途上国の競合産業、労賃の安い労働者とスクラッチで勝負しなければならない。中国の旋盤工とインドのプログラマーと同じ土俵で勝負しなければならないのである。社会は、競争に勝ち残る強者と競争に敗れる弱者に二極分化が進むということが予測される。
○現に、いち早く80年代はじめから規制緩和を進めたアメリカにおいて、富裕層においては所得が増加し、貧困層の所得が低下するという二極分化現象が進み、社会問題となっている。欧州においても経済のグローバル化が先進諸国での高い失業率をもたらしたと議論されている。
○そのなかで勝ち残るためには、企業も、国民も、それぞれのレベルで、変化への適応力と競争力の強化が期待される時代になった。天は自ら救うものを救うという自己責任の時代になってきた。はっきりいって嫌な時代である。
○このような社会の構成員どうしの苛烈な競争は、ムラ的な平等社会に慣れ親しんできた日本人にとってなじみのないものである。日本産業の強さの秘密であった「社会的一体感」を壊してしまうかも知れない。当然、いろいろなところで抵抗が発生するので改革は一直線には進まないだろう。三歩前進、二歩後退といったかたちでぎくしゃくしながら、同時に時間をかけながら、進んで行くのだろう。よって「変化の時代」は当分続くのである。
○しかしメガトレンドとしては、日本型システムの良さを残すべく努力は払われるにせよ、やはり日本社会はこのような方向に(普遍的な方向に)進むだろう。アメリカ型と日本型システムは、どちらかといえば現在のアメリカ型に近い位置に収斂することになるのではないか。この方向性には、ほとんど間違いはないだろう。よって当分、日本経済は苦しい調整の時期を経験することになろう。
IV.その中で日本企業はどう動くか(企業経済と国民経済の「ずれ」)
○しかし日本「企業」を考えると必ずしも悲観的に考える必要はない。いまの時代は、一国の経済の盛衰と、その国の企業の盛衰とが、必ずしも100%合致しなくなっているのである。昔は企業は国旗を背負っていたことが多かった。「GMにとってよいことはアメリカにとってよいことだ」といったGM社長が居たり、日本でも商社マンは「お国のために外貨を稼ぐのだ」といって仕事に邁進した。徐々にそういうことはなくなりつつある。もちろん、まだまだ日本経済全体の利害と日本企業の利害がオーバーラップしている部分のほうがはるかに大きい。しかし、いまやそのオーバーラップ関係に微妙な「ずれ」が生じているのである。
○1980年代、「アメリカの企業はアメリカ国籍を捨てたおかげでよみがえった」といわれる。今後多くの有力日本企業が、日本の国籍のしがらみを捨てることで、グローバルに世界企業として発展することになるだろう。すなわち、日本経済全体としては、ここ当分、低迷が続くにせよ、「日本企業」としては、実力さえあれば、グローバル展開を通じてこの大変化の時代をうまく乗り切ることが可能な時代になっているのだ。
○現に、トランスプラントやリストラを通じて日本の輸出型製造業の国際競争力が急速に回復してきているとの報告もある。この場合、回復しているものはグローバルに成長した「日本企業」の競争力であり、日本国内の工場の競争力という意味では必ずしもない。日本経済は低成長が続くにせよ日本企業の成長力はけっこう強いのではないか。
○また産業空洞化とはサービス関係の新しい産業に比重がシフトして行くことを意味するし、高齢化社会を迎え巨額の日本の貯蓄超過を如何に効率的に運用するかが大きな課題となろうし、金融サービスの発展することは確実で、金融サービスが成長すると付随する情報サービスが発展することはシティーの歴史が示しているし、製造業以外の新しいソフト産業が力を付けてくるであろう。
○歴史を紐解くとこのような事例は多々見つけることが出来る。19世紀から20世紀にかけて、自由貿易と巨額の対外投資の流出でイギリス経済はいわゆる「空洞化」を経験するが、イギリス「企業」はグローバルに大きく発展した。先にもいったが1970ー80年代のアメリカ企業はグローバル展開でよみがえった。21世紀にかけて日本経済は成熟期を迎えるが、実力のある「日本企業」はグローバルに、まだまだ右肩上がりの成長を続けると思う。
○今後、「日本国」という経済単位と、グローバル化し本社部分は頭だけになったダウンサイズ化された「バーチャル企業」となった日本企業の利害関係が必ずしも一致しないことが起こる。しかしそれも、「日本国」そのものが徐々に「頭だけを持ち体を持たない」という「バーチャル国家」となるにつれて、企業のインタレストと国益が再び合致するようになるのかも知れない。
V.そのなかでの総合商社の役割
○このような客観情勢の中での総合商社の役割は、どのようなものとなるのであろうか。どうも、このような客観情勢は、総合商社のビジネス環境としては、決して悪いものではないと思う。むしろ総合商社の活動に大きな追い風が吹いているのではないか。
○まずグローバル化によって著しい世界貿易の増加がもたらされている。この数年の世界貿易量の推移をみると、世界の国内生産量を大きく上回る伸びを見せている。経済のグローバル化による当然の結果であり、この傾向は今世紀から来世紀にかけて続くものとみて間違いはないだろう。グローバル化の時代はすなわち貿易の時代なのである。貿易業者にとっては追い風が吹いているのである。
○同時に、グローバル化の時代は地球的規模での産業再編成の時代でもある。最適立地を求めて各国の製造業者は積極的にトランスプラントを実施することになる。そうすると、その部品、製品について、取引関係を新しいかたちで再構築する必要が出てくる。即ち、新しい企業間の取引関係を、一から開発し、さらに安定的なものに育成して行かねばならないというニーズが、世界のあらゆるところで発生するのである。このような安定的な企業間の取引関係の開発と育成(セットアップ)は、その情報機能とあいまって、企業間のマッチメーカーである日本の総合商社の「十八番」藝といえる機能である。総合商社の中核的機能に対して世界的にニーズが高まっているのである。
○このような情勢判断のもとに、わたしは総合商社にとって来世紀まで続く「攻めの時代」が到来したと認識している。変化の時代には「身軽さ」が強みとなる。総合商社は、このグローバル化の時代に主流となっていく、頭だけで体を持たない「バーチャル企業」にきわめて近い存在である。総合商社は、そのアセットと身軽さを生かして、グローバルに「攻める時代」に入ったと思う。
○当然のことであるが、「チャンス」は「リスク」でもある。グローバルな事業運営は、従来と比較にならないほどのリスクを伴うものになりつつある。世界の企業にとって、国際的な、政治・経済・社会関連の情報収集と分析、正確な情勢判断が、今まで以上に重要になってきている。事業の国際展開の水先案内人としての総合商社の役割はますます大きくなってきている。
以上
_______________________
1996年10月1日火曜日
蘇るラテンアメリカ経済と日本
中南米経済が好調である。悪名高かったインフレも落ちつきを見せているし、累積債務問題も一息ついた。80年代からの1人当たりGDPのマイナス成長もプラスに転じた。ずっと続いていた海外への資本流出も終わり、逆に資本が流入するようになった。中南米は、ふたたび「明日の大国」への道を歩みだしたかのようにみえる。背景には、自由化政策と、米国との経済関係の深化がある。自由貿易協定が進み、米国という巨大な市場と、資本と技術へのアクセスが、ぐっと易しくなった。また国内政策が地域協定で縛られることで、これまで外国企業を悩ませてきた朝令暮改的な変動に歯止めがかかったことも大きい。
欧米企業、さらに最近では韓国企業まで、この中南米市場の将来性に着目し、積極的な投資戦略を展開している。しかし日本企業には、まだまだ慎重な姿勢が目立つ。中南米経済の規模はGDPで1.5兆ドルで、日本を除く世界のGDPの7%をしめる。いま注目を集めている東アジアのGDPの合計は1.8兆ドルであり、中南米は東アジアと並ぶ大きな経済地域である。それにもかかわらず日本の貿易総額に占める中南米の比率はわずか4%程度であり、投資残高にしても、金融関連のパナマ、バハマ等を除けば日本の投資残高合計の5%程度にとどまる。
背景には、90年代に進んだ民営化に絡む企業の売却商談に、意思決定に時間がかかる日本企業は迅速・的確に対応できなかったことなどが云われているが、やはり企業風土のギャプは大きい。来年は日本メキシコ移住100周年であり、日本と中南米諸国とは長い交流の歴史がある。それにもかかわらず、まだまだ両者の間には、広くて深い淵がある。
ヘラルド・トリビューンを読んでいると、カラカスで、切り落とした女性の生手首を持って逃げる男を目撃する話が載っていた(IHT、9月18日)。単に指輪を盗むためである。背景には、普通の日本人の理解を超える、固定化され、さらに拡大する貧富の差と、すさまじいまでの人心の荒廃がある。
勿論、中南米の中にも安全な国もある。しかし多くの国では、時計をはめた左手は危ないから運転席の窓から外に出してはならないと教えられる。ちなみに誘拐されそうになった時の車のUターンの方法も教わる。いきなりギアをバックに入れ、ハンドルをいっぱいに切りながら、思いっきりアクセルを踏むのだ。二秒でUターンが完了する。(試す場合は広いところでお願いします)
しかし、こんな恐ろしい話も、米国通と云われる人に話すと「ニューヨークでは別に珍しい話でもなんでもない」とのこと。明らかに社会・文化の面でも、米国は、日本より中南米に近いようだ。なにせ植民地時代からの長くて抜き差しならない関係がある。
日本企業には苦手な、迅速でドライな狩猟型の商慣行も、米国の企業文化である。学生の外国語科目の人気ダントツ一番はスペイン語だ。現在の中南米経済の再生も米国との関係深化のおかげであることは先に述べた。
日本企業でも、北米を拠点にして、現地主導で中南米を攻めるところが出てきている。妥当な判断だろう。蛇の道は蛇という。
(橋本 尚幸)
欧米企業、さらに最近では韓国企業まで、この中南米市場の将来性に着目し、積極的な投資戦略を展開している。しかし日本企業には、まだまだ慎重な姿勢が目立つ。中南米経済の規模はGDPで1.5兆ドルで、日本を除く世界のGDPの7%をしめる。いま注目を集めている東アジアのGDPの合計は1.8兆ドルであり、中南米は東アジアと並ぶ大きな経済地域である。それにもかかわらず日本の貿易総額に占める中南米の比率はわずか4%程度であり、投資残高にしても、金融関連のパナマ、バハマ等を除けば日本の投資残高合計の5%程度にとどまる。
背景には、90年代に進んだ民営化に絡む企業の売却商談に、意思決定に時間がかかる日本企業は迅速・的確に対応できなかったことなどが云われているが、やはり企業風土のギャプは大きい。来年は日本メキシコ移住100周年であり、日本と中南米諸国とは長い交流の歴史がある。それにもかかわらず、まだまだ両者の間には、広くて深い淵がある。
ヘラルド・トリビューンを読んでいると、カラカスで、切り落とした女性の生手首を持って逃げる男を目撃する話が載っていた(IHT、9月18日)。単に指輪を盗むためである。背景には、普通の日本人の理解を超える、固定化され、さらに拡大する貧富の差と、すさまじいまでの人心の荒廃がある。
勿論、中南米の中にも安全な国もある。しかし多くの国では、時計をはめた左手は危ないから運転席の窓から外に出してはならないと教えられる。ちなみに誘拐されそうになった時の車のUターンの方法も教わる。いきなりギアをバックに入れ、ハンドルをいっぱいに切りながら、思いっきりアクセルを踏むのだ。二秒でUターンが完了する。(試す場合は広いところでお願いします)
しかし、こんな恐ろしい話も、米国通と云われる人に話すと「ニューヨークでは別に珍しい話でもなんでもない」とのこと。明らかに社会・文化の面でも、米国は、日本より中南米に近いようだ。なにせ植民地時代からの長くて抜き差しならない関係がある。
日本企業には苦手な、迅速でドライな狩猟型の商慣行も、米国の企業文化である。学生の外国語科目の人気ダントツ一番はスペイン語だ。現在の中南米経済の再生も米国との関係深化のおかげであることは先に述べた。
日本企業でも、北米を拠点にして、現地主導で中南米を攻めるところが出てきている。妥当な判断だろう。蛇の道は蛇という。
(橋本 尚幸)
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